第78話:北方炎上1
ブルグンド王国北方に位置するアルシュ皇国。
その皇国との境に位置する要となるのがケレベル要塞だった。
「南方の成り上がり共め!!」
ガン!と恰幅の良い老将が床を蹴った。
彼がこの要塞の総司令官を務めるイーラ侯爵だった。
アルシュ皇国という脅威と相対している関係上、この地に駐留する騎士団、貴族軍は北に視線を向けている。そして、位置の関係上、北方には古い伝統ある貴族が多かった。それだけに南方での新興貴族らの大失態は彼らを激怒させたのだった。
もっとも、南方諸侯らの裏切りが発生したのはこうした北方貴族の怒りが彼らに向かう事を理解していたのもある。
基本的に王国における発言力は古く発展している北方、王国の穀物倉とも言える東方、以下、南方、西方という順序だった。そして、比較的古い南方諸侯が主導して、これまでの南方侵攻が推し進められてきた。
南方諸侯からすれば発言力を高める為でもあり、北方諸侯からすれば成り上がりが余計な戦乱を起こしているという印象だったが、今回の南方新興諸侯らの暴走と裏切りによって、完全に旧来の南方諸侯もまた発言力を失ったと言っていい。
「皇国の連中の動きは!」
「連中、アルガン要塞に戦力を集結させつつあるようです。数はおよそ三万」
参謀長の発言に、全員が唸り声を上げた。
ケレベル要塞に常駐する兵力は約五千。既に動員命令が発動されているが、諸侯軍が到着するにはまだ時間が必要だった。
幸いなのはこの近隣の山々は高く急峻な地形が多い上に、雪解け水を源流とする山々の間を縫うように走る河川も多い。大規模な兵力の移動にはとことん不向きな地形だった。
無論、大規模な工事を行えば新たにそれなりの街道を作る事は可能だろうが、戦が起きていない限りは旧来の街道で十分という事もあったし、密かに街道工事を行う事も不可能だった。この地形があればこそ、ブルグンド王国の初代国王はアルシュ皇国からの離脱独立を決意出来たとも言える。
また、だからこそこれまでアルシュ皇国とは不倶戴天の敵でありながら、長らく小競り合いに留まっていたとも言う。
(だが……)
南方での最初の平定完了。
更にその後の西方、大森林地帯へと勢力を伸ばした事が結果的に王国を窮地に追い込む事になった。
これまで大森林地帯に籠っていたエルフを初めとする亜人達が共同戦線を張り、更にこれまで知られていなかった魔物の大物達まで動き出した。結果、魔物扱いされていた亜人種、ゴブリン、コボルト、オークにオーガといった種族達もまた彼らの戦線に加わったという。一部の戦場ではドラゴンまで確認されたとされている。
(結果として奴らのせいで王国からは余裕が消えた)
そして、現在、アルシュ皇国は長らく睨み合ってきた要塞に突如、大規模な侵攻軍と思われる戦力が集結しつつある。
確認出来ているのは三万だが、あくまでそれは確認出来た前衛部隊。本気の侵攻作戦ともなれば更に大規模な軍団が後方に控えていると考えるべきだろう。
「総司令!良い報告と悪い報告が入りました」
「……そうか、まずは良い報告から頼む」
「はっ、後詰の部隊として貴族軍五千が新たに到着、また後詰となる即応騎士団も明日には到着見込み、これで当要塞の兵力は明日中に一万五千まで増えます」
「そうか!それは朗報だ。……して悪い報告は」
一瞬、報告に来た参謀が口籠った。
「……アルシュ皇国軍が動き始めました。……加えて、前衛三万の後方に更に規模の大きな軍勢を確認したそうです。監視部隊は危険が高まった為、後方へと退避を開始しました」
「!!遂に来たか……!」
アルシュ皇国が動き出す前に一万五千まで兵数が増えたのは僥倖(ぎょうこう)だった。
だが、ブルグンド王国はこれ以上の緊急動員戦力がない。
王都以南の戦力は動かせないし、西方もそれは同じだ。
北と東は現在動員が進んでいるが、東の戦力はどうしても移動に時間がかかるし、北も「召集即移動」というのは緊急展開の任を交代で担う貴族以外は大規模な兵力の即時動員は出来ない。常に兵や糧食を備えるのは交代で担うにしても決して楽ではないのだ。
だからこそ、緊急展開の任を負う貴族はその年の税を免除されるほどだ。
「籠城に徹するしかあるまいが……」
ケレベル要塞を無視する事は出来ない。
だが、幾ら難攻不落を謳う要塞といえど、数万のアルシュ皇国軍を彼らだけで撃退するのは無理だ。
そして、南方の戦況次第では北方に回される戦力は更に減る。だが、それでも。
「要塞内に伝えよ!アルシュ皇国軍が動き出した!数日内に奴ら姿を見せるぞ!!」
引く事など出来はしない。
王国の生死を賭けた戦いが北で始まろうとしていた。
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