第68話:諸侯軍
この会戦において動員された兵力に関してだが、質という面ではどちらも「低レベル」と後の評論家の意見は一致している。
EWU側は訓練も何もされていなかった亜人種達を人族への脅威と力で統合したものの、ろくなまとまっての軍事訓練経験のない集団。
では、ブルグンド王国側は、と言えばこちらも似たり寄ったりだった。なにせ、殆どの貴族が南方での戦で功績を上げて取り立てられた新興貴族、裏を返せばまとまった一軍を指揮した経験を持つ別地方の領主なんてものはいない。ほとんどの新興貴族達は命令を受ける側だった。
加えて、新たに彼らの配下となった者達にも不安があった。
一部、親が貴族でそこから派遣されてきたような者もいたが、功績を上げたのが嫡男ならば当然の事ながら元々有していた領地に追加で加えればいいだけの話。功績を上げた者達で貴族出身の者はスペアである次男ですらない三男四男といった立場の者がほとんどだった。
そうなると多少は援助してくれても、有能な現役の者は元々の領地の経営、元々の領主軍の運用に回される。唯一の例外は元の立場を引退した後、頼まれて最後の御奉公の感覚でやって来た老兵ぐらい。
そんな彼らであっても、新たに領主軍として採用した兵士を鍛え上げ、使い物にするには時間が足らなさすぎたし、出来たとしても全体からみればそれは極一部の例外。結果として、ほとんどの兵士は民兵に毛が生えた程度のものでしかなかった。
故に軍事評論家達はこう結論を下した。
『練度が同じで、下手に策を仕掛けられるだけの練度がない以上、後は各自の覚悟と兵士個人の能力差次第』
そして、結果から言えば、その通りになった。
先手を取ったのは魔物の側。
オーガの巨体の前進に対して、長槍兵を前に出した所でその後方から放たれたゴブリン弓兵隊の攻撃で混乱が生じた。
これに対する人族の反応は鈍かった。いや、正確には命令にすんなり従えるだけの練度がなかった。
長槍隊というのは両手で持つその長い槍を大地を支えとして構える事で簡易な陣地を作り出す、あるいは接近してきた相手を上から振り下ろした長槍で叩く事で相手の動きを止める、というのがその役割だ。両手でなければ構えられないような長い槍を持っている為に、盾などを持つ余裕はない。すなわち、攻撃に特化した部隊だと言える。
そこへ矢が降り注ぐという事はまともに矢の直撃を受ける、という事になる。
これがせめて分厚い金属鎧に身を包んでいたなら、あるいは革鎧にせよきちんと腕の良い職人によってつくられた物を用いていればゴブリン達の弓ならば多少は防げた者がいたかもしれない。ゴブリン達は非力な故にそれ単体で鎧を貫通出来るような長弓(ロングボウ)を扱う事は出来なかったからだ。
しかし、しょせんは民兵の悲しさ。
大量生産の粗悪な鎧もどきをまとっているのがほとんどで、それではゴブリン達の攻撃を防ぐ事は出来なかった。
「いでえ、いでえよお!!」
「助けてくれ……痛いんだ」
体に矢が突き刺さって、そんな呻き声を、悲鳴を上げる仲間を見て、前へ出ようとした民兵達の少なからぬ数が躊躇してしまった。
南方解放戦線との小競り合いがあったから、まったく彼らに戦闘の経験がない、という訳ではない。だが、彼らとの戦いはしょせんは小競り合いであり、南方解放戦線が正面決戦を避けていた為に基本は盗賊の襲撃と大差ないものが多かった。すなわち、こうした大規模な会戦、大勢が怪我をして呻いているような状況は彼らにとって未経験に近いものがあった。
「何をしているっ!このまま怪我人を放置しているつもりかっ!!」
「盾持ちは怪我をした者を回収せよ!!弓兵は彼らを助ける間、奴らを足止めするのだ!弓撃て!!」
そんな状況を見てとった熟練の老指揮官がそう叫んだ。
彼は元々とある侯爵家に仕えていたが、既に引退していた。それがお世話になった侯爵からの頼みで幼い頃から知っていた坊ちゃんのお世話にやって来た人間だった。そして、幸運な事に彼が配置されていた新興貴族は幼い頃から知っている彼の事を爺やと慕っており、彼に自軍に関係する全権を任せていた。
彼は自分が個人の武勇でなら爺やを既に上回っている事を知っていたが、今回求められているのは武勇ではなく、軍指揮官としての経験である事を理解している数少ない貴族だった。
そして、そうした明確な指示は兵士達の体を動かした。
怪我人を放っておく訳にはいかない、だから助ける。助けるのを手伝う為に魔物達に向けて弓矢を撃つ。
それは民兵達の心にすんなりと入り込んだ。
これが助からないから見捨てろとかそういう命令であったなら躊躇いや反感を持ったかもしれない。あるいは漠然とした指示だったら更なる混乱を招いたかもしれない。だが、明確且つ救助というならば躊躇いもないし、助ける間頑張ろう!と勇気を奮い立たせる事も出来る。
そして、一旦始まった流れは崩壊の危機にあった諸侯軍を救った。
「しっかりせえ!」
「ほら、頑張れ!!今、後方に連れてってやるからな!」
盾持ちが矢が降り注ぐ中、懸命に盾を頭上にかざし、長槍隊をあるいは引きずり、あるいは肩を貸してながら下がる。
オーガ達がジリジリと前進を図るが、懸命に弓矢を浴びせる。
「矢の補給急げ!矢が切れれば奴ら突っ込んでくるぞ!!」
「弓兵に矢を持って来てやるのだ!」
本来ならば指示を出している者も弓兵を分けて、交互に撃たせる形を取りたかった。
しかし、今、この状況でそんな事を命じれば混乱が生じるだけだ。だからこそ、ひたすら弓兵が潰れるまで撃たせるしかない。おそらく、今は夢中になっているからこそ疲れを忘れている弓兵達も一息ついた瞬間に指の痛みに、腕の疲れにまともに弓を引く事すら不可能になるだろう。少なくとも、この戦いの間は弓兵を使えなくなる。
それでも、今はその力が必要だった。
そうして、長槍兵が回収され、弓兵が疲弊した時、次の動きが生まれる。
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