第61話:皇国の決断

 ブルグンド王国内に新たに生まれた大規模な抵抗勢力。

 これを国として認める事は行わなかったものの、敵対する隣国にとっては敵国内部にそうした勢力が生まれ、その勢力によって敵国が大きな痛手を受けた事は自国にとって良い話でもあった。そうなった際に、強硬派が動き出すのもまた仕方のない話ではあったのだろう。


 「これは好機だ!」


 特に長年の仇敵であるアルシュ皇国においては。


 「奴らは痛手を受けた!今こそ攻め込む好機だ!」

 「国境近辺の戦力は動かされていないのだぞ!!予備戦力が減ったにすぎん!」

 「予備戦力の減少は立派な好機ではないか!徴募兵ではない、王都駐留の精鋭騎士団が丸ごと一個消えたのだぞ!!」


 厄介だったのは両方とも事実という点だった。

 強硬派の主張はこうだ。


 ・精鋭騎士団が一個壊滅したのは間違いない。

 ・加えて、奴らの国の内部に有力な敵対勢力が生じたのも間違いない。

 ・であるならば、王国は騎士団一個を失っただけでなく、更に国内向けに複数の騎士団を維持せざるをえず、国内も混乱する。

 ・すなわち国境を一気に突破する事が出来れば、奴らはこちらに向けられる戦力と国内勢力に向ける戦力を二分せざるをえない。

 ・内部勢力はブルグンド王国を滅ぼした後、働き次第で自治領として認めるなり、爵位を与えて貴族として取り込むなりすれば良い。


 一方、穏健派というか慎重派の主張はこうだった。


 ・国境の騎士団や貴族戦力、要塞群は健在なのでこれを抜くにはこちらも大規模な戦力を動員せざるをえない。

 ・それだけの戦力を動員となれば、ブルグンド王国側も気づくはず。

 ・となれば、我が国の侵攻を防ぐ為ならば敵対勢力に大幅な譲歩をしてでも和解を行う可能性は高い。

 ・かといって、気付かれない程度の小規模戦力で国境を突破出来るのならとっくに戦いは終わっている。

 ・最悪、我が国と王国の泥沼の戦争に陥りかねない。


 どちらも推測が混じっているが、それだけにどちらかを否定も出来ない。

 強硬派の意見は成功すればいいが、失敗した時のリスクも半端なものではない。

 穏健派の意見は結局は様子見、という名の無策でしかない。

 それだけに彼らの視線は自然と発言しない上へ、皇王や宰相ら上層部へと向く事になる。最後に決断を下すのは彼らであり、今行っているのはその判断材料を提供しているからに過ぎないからだ。とはいえ、彼らの顔を見れば、彼らもまた悩んでいる事は明らかだった。

 自然と、両陣営の目的は彼らに自分達の意見を採用してもらうべく動く形になる。


 「陛下!是非、ブルグンドの連中への懲罰の御決断を!」

 「左様です!一声頂ければ我ら、今度こそ奴らにこれまでの歴史を後悔させてやりましょうぞ!!」

 「陛下!現状は決して我が方が圧倒的優勢という訳ではありませぬ!」

 「そうです!下手に手こずれば周辺各国が蠢きかねませぬ!さすれば厄介な事になりかねませんぞ!!」

 「敗北主義者共は黙っていろ!!」

 「なんだと!!」


 ある意味、両勢力による主導権争いであり、今後を決める大きな決断でもあった。

 戦争は最悪数年の規模で続く。もし、ここで戦争が決断されたのなら今後、数年、その後の影響も考えるなら彼らが当主を務めている間は今、強硬派となっている者達が主流となるだろう。逆もまたしかりで、穏健派がここで勝利すれば、当然穏健派は強硬派を排除に動く。

 つまり、彼らの世代における主流がどちらになるか、という重大な決定がかかっていた。もっとも……。


 (今すぐには決めかねる話ではあるだろうな……)


 という事もまた両者が理解していた。

 戦争というものは重要な決定だ。それをその場の勢いで決めるなどありえない。

 だが。


 「陛下ここは……」

 「開戦を前提として動くべきであろう」


 宰相が何を言おうとしたのかはその直後の皇王の言葉に驚愕の表情を浮かべた事から推測出来た。おそらく、宰相自身は『ひとまず時間をおいて』といった事を言おうとしていたはずだ。


 「へ、陛下、それは」

 「考えてもみよ。ブルグンドは内部に有力な抵抗勢力を抱え、精鋭の騎士団を丸ごと一つ失った。この状況で動かぬというのならば、ではお前達はどのような状況なら動いても良いというのだ?」

 「……それは」


 皇王は最初に宰相を、続いて穏健派の貴族達に視線を向けた。

 そのいずれもが皇王の鋭い視線を直視出来ず、俯いた。

 確かに言われてみれば、その通りではあった。ここで動かないのならば、どのような状況なら動いても良いと考えるのか?答えられなかった。天変地異でブルグンド王国だけが大被害を受けて、首脳部が壊滅した時とでも言うのか?それとも疫病?

 いや、きっとその時は「天変地異で荒れ果てた地を占領してもこちらの負担ばかりが」「疫病が流行っている地域に軍を派遣するなど!」と反対意見が起きるのだろう。

 沈黙した穏健派の貴族達に対して、どこか勝ち誇った様子の強硬派の貴族の一人が皇王に言った。


 「では陛下、先だって我らに承認を求めて来たエルフ達に関しては」

 「奴らの国を認めてやると言ってやれ」


 しかし、皇王の言葉に誰もがぎょっとした。


 「ただし、我らが攻め入る予定である事、そうして我らが攻め取った地域に関しては我らのものであるとも伝えてやれ」

 「無論、南方であっても、な。王国の戦力が抑えていた場所を我らが奪った時はそこは我らのものだとも」

 「そうすれば、奴らも勢力を確定させる為に慌てて動き出すであろうよ」


 そう続けた皇王の言葉に誰もが考え込んだ。

 つまりどのような形であれ、王国が滅んだ時に残るのはかつての王国よりも縮小した領域という事になる。そもそも、発展した商業文化を抱えているのは北方のアルシュ皇国寄りの地域であり、南方などはくれてやってもそう大きな損失にはならない。

 そして、エルフ達が北方をある程度抑えようと動くのならば、動きを活発化させざるをえない。

 ましてや、圧迫された王国軍が南方に逃げ込んで、そこを皇国が抑えたら、と考えると……。

 かといって、それを断れば、アルシュ皇国との協力体制は不可能だろう。


 かくして、皇国もまたブルグンド王国との戦を決定し、同時にエルフ達へと密かに使者を派遣するのだった。 

 

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