第32話:ポルトン攻略戦1

 「ふあ……」


 見回りの兵士の一人があくびをかみ殺した。

 夜の見張りも、もうじき終わる。

 先だっての敗退以来、大森林方面の偵察が行えていない。

 その理由は単純明快。現在、王国方面から来る商人達へと度重なる襲撃が繰り返されており、城塞都市へと届く物資は減少の一途を辿っていた。単純な襲撃だけでなく、それが繰り返され、噂となれば商人、特に小規模な商人の足は鈍る。誰だって死にたくはない。

 となると、十分な自衛戦力を単独で確保出来る大規模商会以外はまとまった数で構成されたキャラバンを組んで行動する事になる。しかし、そうなると必然的に物資の到着は遅れる。個別に動くなら早い者勝ちでどんどん動いていくが、安全の為に手前の街からキャラバンを組むとなると当然ある程度の数の商人が集まるまで待たねばならない。

 また、集団で動いた事があるならば分かると思うが、騎士団などの集団で動く訓練を積んだ組織でもない限り移動速度は相当に落ちる。

 しかし結果として、物資の到着速度は遅れたが、キャラバンを組み、護衛の兵士達を派遣し、騎士が巡回する事で襲撃を食い止める事が出来るようになっていた。


 「やつらしっかり守られたら手も足も出ないと見える」


 そう嘲笑う者も出ていた。

 確かにそれは一面の真実ではあったが……同時にエルフによる襲撃部隊を捕捉出来ていないのも事実だったし、経費が以前より大幅に嵩んでいるのも事実だった。それを上はきちんと理解出来ていたし、頭が痛い事ではあったが止める事も出来なかった。

 これで完全に襲撃が停止していたら護衛に手を抜く事も出来ていたかもしれないが、断続的に襲撃自体は続いていた。

 単に、損失が商人から兵士に変わっただけで。

 それでも、物資がきちんと届くようになった事でそこら辺は敢えて目を逸らしていた。兵士を失いながら、騎士を失いながら、エルフをまったく捕らえる事も討つ事も出来ないでいるという現実に苦い顔を重ねながらではあったが……もっともカラクリを知れば「そんなのありか!!」と叫んでいたかもしれない。

 まさか、鳥が、自然が監視網を敷き、正確に隙が出来た者を、出来た部隊を狙っていたなど予想も出来なかっただろう。そして。


 「え?」


 大森林地帯方面へはまったくといっていい程に目を向ける余裕がなくなり、城壁の見回りもおざなりになっていたある日。

 見回りの兵士は明るくなって、遠くが見えるようになってから驚くべき光景を目にする事になる。


 「ええええええええ!?……た、隊長ー!?」


 最初は呆然と見つめ、次に驚きの声を上げ、最後に我に返って上司を呼びに走った兵士の行動は当然だっただろう、そして。

  

 「は?何を馬鹿な事言ってやがる!」

 「そんな事ある訳が……なにいいいいいいい!?」


 最初に報告を受けた衛兵隊長が怒鳴りつけ、それでも食い下がる部下に見間違いだと思いつつも食い下がる部下に渋々城壁に登って、それを見た時に驚愕の叫びを部下同様上げる事になった事も。


 『そんな事がある訳が』 

 『ば、馬鹿なっ!?』


 更に上、その更に上で次々と同じ事が起きた事もまた当然だった。

 

 「なんで、森が一夜でこんな所にまで来てるんだ!?」


 そう、前の晩には存在していなかった森が一夜で城壁の傍、見える場所にまで来ていたのだから。当り前だが、森なんて普通は成長までに何十年もかかる。間違っても一夜で立派な森が地平線の向こうから一気にやって来るなんて事は普通はありえない。

 そうなれば、これが何等かの儀式魔法である事を誰もが考えつき。


 『エルフ達は大規模な儀式魔法にてポルトンに対して侵攻を開始せり。至急救援を求む』


 そんな伝令が飛んだ事も、また予想の範囲内だった。だからこそ。


 「さて、これで伝令は潰した。城塞都市側は救援を求める伝令が走ったと思ってる。救援がその内届くと思ってるだろうな」


 全ての伝令が潰された訳ではない。

 護衛に出向いていた兵士、散らばっていた騎士達への集結命令はきちんと届いた。

 だから、当然彼らは複数放った救援を求める伝令、それらだけが怖ろしい程に正確に潰された事など気づくはずもなかった。どんなに急いで地を駆けようとも空からの襲撃がことごとく逃す事なくピンポイントで潰していくなど想像も出来なかった。

 城塞都市の側は、だから伝令が届いたのだと、王国側は救援を派遣してくれるのだとそう信じていた。

 希望とは時に残酷だ。

 希望があるからこそ、それが失われた時絶望はより大きなものになる。

 ましてや、最初からありもしない希望に縋っていれば、それが最初から叶うはずもなかったと知った時の落差はより大きなものになる。

 これより半月後。城塞都市ポルトンに噂が流れる事になる。すなわち。


 『王国はポルトンを見捨てたらしい』


 そんな噂が。

 最初は一笑に付されていたそんな噂は一月経っても来ない援軍、戻ってこない、誰も来ない伝令に次第に不安へと変わっていく事になる。 

 そして、それはやがて。


 『王国はポルトンを見捨てたらしいぞ』

 『いや、援軍は派遣したけど、援軍が壊滅したらしい』


 そんな噂が広まると共に、都市にも兵にも、そして騎士達にさえ不安が広がり、士気が低下していく事になる。


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