第31話:城塞都市ポルトンでの出来事
(また値上がりしてやがる)
口の中で小さく舌打ちする。
嗜好品の値上がりはいい。だが、食料品の着実な値上がりは貧しい家ほど生活を直撃する。
ここの所、城塞都市ポルトンにおける商品の値段は少しずつだが、確実に上昇していた。今も、それでどこかの家の奥さんか女中と思われる女性と店員が揉めている。
「ちょっと!これ三日前は十個三十ギルだったじゃない!何で四十ギルになってんのよ!!」
「仕方ないでしょう!隊商が襲撃受けたとかで商品が届かないんですよ!!」
三十ギルか。
あの戦いが始まる前までは十個で十五ギルだったはずなんだがな。
……それでも保存の効く上、主食扱いされてるあの芋はまだマシな方だ。領主が兵士を見回りに出して、極端に値段が跳ね上がらないように注意し、更に備蓄からもある程度放出していると聞く。……それでも、そんだけ対策が取られてる芋でさえ、今じゃかつての倍以上の値段って時点で他の食い物のお値段はお察しください、だな。
小さな扉を抜けて、スラムへと戻る。
スラム街とか呼ばれてるが、実態は城壁の中に住めない住人達が城壁に寄り添うようにして粗末な小屋を作り、動物避けの柵を作った代物。
……領主サマや兵士達も見て見ぬ振りをしている。
なにせ、城塞都市って奴は内部の広さが限られる。おまけに中で暮らすと税を取られる。村が廃村になって流れて来たり、口減らしを兼ねて村から出て来たような連中にはそんな金もない。だから、安全性は下がるけども、こうして外に家を作る。
もちろん、野生動物だの魔物だのに襲撃を受けても基本、城塞都市の連中は助けてくれない。そりゃそうだな。中で暮らす税ってのはそうした守ってもらうための金も入ってる。
兵士達の給金、城壁の補修や整備、魔物を撃退するための武具……そうしたものが居住税から出ている。それを払ってないって事は守ってもらう事も出来ない、って訳だ。なんで、俺らは自警団を作って、夜の見張りや魔物の襲撃に備えている。
魔物達の襲撃もまず襲いやすそうな俺達の所に来る可能性の方が圧倒的に高いし、税は納めてないが買い物は都市でするし、細々とした仕事を受けたりもする。スラムの中には元いた場所で鍛冶屋だのやってた奴なんかもいて、中の仕事を引き受けたりもする。
そうした利もあるから、領主も兵士も見て見ぬ振りをするし、昼間は出入りも自由だ。街の中の住人も金を出す限りは物を売ってくれる……訳だが。
「ふう」
「兄貴、お疲れさんです」
自警団の本部となってるちょっと大きめの小屋。
そこに入って、椅子に座ると一人が水を持ってきてくれた。まだ汲んできてそう時間が経ってないのか冷たくて美味い。
「どうでした?」
「駄目だな。トロ芋でさえ四十ギルにまで値上がりしてやがった」
全員の顔が曇る。
スラムじゃ街の外である事を利用して、小さな畑を作ったりもしている。あまりに飢えて、スラムの住人が犯罪に手を出すよりはと多少目こぼしされてるが、あまり大きな畑は目こぼししてもらえねえから、到底スラムの住人達の腹を満たす量には届かない。
そして、俺達が街中で受けられる仕事にしたって、給金は変わらん。
そりゃそうだよな。物の値段が上がったからって、俺達の仕事が増えたり変わったりした訳じゃねえんだ。
食堂の値段が上がったりしたって、そいつは材料費が上がったから仕方なく値上げしたりしただけ。当然、そういうとこで働いてる奴の給金も増えねえ。
「このままじゃ……飢える奴が出るのは時間の問題ですぜ」
「ああ。分かってる」
しばらく前に国がエルフ達に戦争を仕掛けて、負けた。
騎士団はともかく、ボロボロになった兵士や傭兵達が大勢逃げて来たんだ。嫌でも事情は広まる。
それからだ。街に来る商人達が襲撃を受けるようになった。逃げた傭兵達が盗賊になった、と表向き言われてるがエルフ達が関わってるんだろう、って事は少し頭の回る奴ならすぐ分かる。そりゃあこっちから喧嘩売っといて、謝りもしなけりゃあっちもお返しするだろうよ。結果として、今じゃ物のお値段が急上昇、だ。
「兄貴、例の連中が……」
「……通してくれ、丁寧に、だぞ?」
「へい」
案内されてきたのはローブで顔を隠した……エルフだ。そりゃあ、顔は隠すよな。つい先日から戦争になったばっかりだ。
やばいんで、こいつの事は俺も本当に信用出来る連中にしか話してない。
「それで?今日も食い物は持ってきてくれたんだろうな?」
「ええ、もちろんですとも」
ほとんどのエルフはどっか朴訥な所があるんだが、こいつだけは妙に手馴れてやがるというか駆け引きが上手いというか胡散臭いというか……。本来、この街に来るはずの物資を奪ってるのはこいつらだろうし、そうやって奪った物資の一部を俺達に売りに来てるだけ、ってのは分かる……理解はするが、それでも値段が上がる前のままの値段、十五ギルでトロ芋を売ったりしてくれるのは正直ありがたい。だが……。
「それでいかがでしょう?先だってのお話、検討して頂けましたか?」
「……ああ」
苦い顔になる。
そうだ、こいつらとて慈善事業で俺達に食い物を売ってる訳じゃねえ。
こいつらにはこいつらの目的があるからこそ、俺達に恩を売ってきている……そして、その手を振り払えばこの街で真っ先に死ぬのは……俺達だ。
「もう少し、もう少しだけ時間をくれねえか……」
「……分かりました」
分かってくれたか、ほっとしたのは一瞬だった。
「では今回お売りするのは前回の半分という事で」
「なっ!!」
半分!?
そんな事をされたら……次にこいつが来る前にスラムでは死ぬ奴が出る。
「私どもも慈善事業ではありませんので。協力していただけないのに危険を冒して運んでくるのは少々」
ぐっ……どうする?
一瞬、こいつを消して、という事も考えたが、もっと状況が悪くなるのがオチだとはサルでもわかる。
「………前回と同じ量を十個十五ギルで、だ」
「おや、それでは……」
ああ、畜生!
恨むなよ、領主さんよ。先に手を出したのは……あんたらを含めたこの国の側だ。そう内心で言い訳と、王国とエルフ双方に罵り声を上げながら、俺は口を開いた。
「あんたらに味方する」
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