波乱 2
酔った佐藤君の態度に辟易していると、彼が軽口を叩き始める。
「川原って、いっつも議事録とってんじゃん」
「うん」
仕事だからね。
「実はさ、俺、結構気にしてたりすんだよね」
佐藤君は、私を逃がさないようにとでもいうように、手を取ったままニヤニヤとした顔を向けてくる。なんだか嫌な感じだな。
「何を?」
あからさまに渋い顔を向けながら訊ねる私に向かって、佐藤君は「何をって、お前のことに決まってんじゃん」と一人テンション高く盛り上がり始めた。
お前って……。
馴れ馴れしい態度に、私はうんざりとため息を零す。けれど、佐藤君はそんなこと気にも留めず、こちらへ身を乗り出して顔を近づけてくるから思わず仰け反った。
「川原って、真面目にいっつもカタカタキーボード叩いててさ。余計なことも言わないで、ちゃんと仕事してんじゃん」
そりゃそうでしょうよ。議事録取ってるだけの会議に、無関係な私が口出ししてどうすんのよ。
酔った佐藤君は、勢いにまかせて私の肩を抱き寄せ始める。
「ちょっとぉ」
眉間にしわを寄せて、その手を払いのけようとしても、強引に抱き寄せた手は力強く放してくれない。
「川原さ。今、彼氏いる?」
肩を抱き、顔を近づけて今度はそんなことを言いだした。
「彼氏とか、どうでもいいし! いいから、この手!」
怒ったように言っても少しも気にせず、佐藤君はなかなか手を放してくれない。
「彼氏なんかいないけど、何?」
眉間に皺を寄せ嫌な顔をしても、酔った佐藤君にはまったく効果がない。
「じゃあさ。俺と、どう?」
「はぁっ? もう、何言ってんのよ。佐藤君、酔っ払いすぎじゃない? いいからこの手を放してよ」
「なんだよ。冷たいじゃんか。せっかく綺麗になったから、付き合ってやるって言ってんのに。俺、花の営業だよ」
だから、なんだ! ったく。酔っ払いすぎだよ。
「なぁー、かーわーはーらー」
佐藤君は、私の肩に置いた手に更に力を入れると顔を寄せてきた。
息が酒臭い。今時、接待の席でもこんなのないよ。勘弁して~。
「もうっ。いい加減に――――」
してっ!! と叫びだしそうになった瞬間、佐藤君の体が私から急に離れていった。
よく見ると、櫂君がいつの間にかそばに立っていて、酔った佐藤君の体を引っ張って離してくれていた。
「佐藤先輩。ちょっと酔いすぎですよー」
佐藤君を私から引き離した櫂君の顔は、いつものように笑っているように見えるけれど、あきらかに怒っている口調だった。
「なんだよ、藤本。お前、先輩の邪魔すんなよっ。俺は今、大事な告白の真っ最中なんだよ」
佐藤君は、急に間に入られたことに怒り出す。
「見てみろよ、藤本。川原がスゲー綺麗になってんだよ。だから俺はな、こいつと付き合ってやろうと思ってな」
こいつって……。
お前やらこいつやら、急に親近感持ちすぎでしょう。まー、綺麗になったってところは、素直に受け止めるけど。
酔った勢いで絡み始めた佐藤君に呆れながらも、櫂君はさらりと受け流す。
「そうですね。でも、それは前からですから」
「ん? 前から?」
櫂君の返しに、佐藤君は首を傾げて考えている。ついでに私も首を傾げた。
「とにかく、そういう大事な事は、素面でやったほうが誠実ですよ。あ、ほら。社長がこっちに来ますよ。挨拶した方がいいんじゃないですか? ネクタイも直して。ね」
櫂君は佐藤君のネクタイに手をやり、クイクイッと直してから、歩いてきた社長の方を見る。
櫂君に促されるように視線で振られ、こっちに向かって歩いてくる社長を確認した佐藤君は、急に真面目腐った顔つきになり、ビシッと背筋を伸ばすとそばにあったグラスの水を一気飲みした。
ふいーっと息を吐き出したあとは、さっきまでのエロおやじっぷりはどこへやら。ピシっと背筋を伸ばして、ススッと社長のところへ擦り寄ってく。
花の営業も、色々と大変なんだね。
大人事情に肩を竦めて小さく息を吐き、皮肉を零す。
「花の営業が台無しね」
社長に向かって媚びまくる佐藤君の姿に溜息を零すと、櫂君がさっきまで佐藤君が座っていた椅子に腰をおろして、私に憮然とした顔を向けてきた。
「なにやってるんですかっ」
怒った口調の櫂君が、突然私を叱る。
「なにって。別に……」
やっと来たかと思ったら、なんでそんなに怒るのよ……。
「酔っ払いなんて、ちゃんとかわしてくださいよ。肩なんか抱かれてっ」
さっきまで落ち着き払って佐藤君のことをあしらっていたというのに、櫂君は感情をあらわに怖い顔を向けてくる。いつもの爽やかアイドル顔は、どこにも見当たらない。
「そんな事言ったって、佐藤君が強引なんだから仕方ないでしょ! 力だって強いし……」
急に現れて助けてくれたことには感謝するけど、何で叱られなくちゃいけないのよ。
私は不貞腐れて席を立ち、高いヒールを操りながら次のアルコールを取りにいく。
すると、櫂君も私の後をついて来た。
「強引だったら、なんでもされるがままですか?」
「なによそれっ。そんなわけないじゃん! 櫂君こそ。女の子たちの相手は、もうしなくていいの?」
こうなってくると、売り言葉に買い言葉だ。嫌味っぽい言い方になってしまったな、と思っても口が止まらない。
「きゃあ、きゃあ、騒がれて。満更でもなさそうだったじゃない」
「満更って……。そんなことないですよっ」
「こんなところに来てないで、女の子たちに囲まれた楽しいパーティーの時間を過ごしたらいいじゃん」
「なんですか、それっ」
今度は、櫂君が怒って不貞腐れる。
アルコールの置かれたテーブルから赤ワインのグラスを手に取り、なんだかよく解らないけれどおなかの真ん中辺りがモヤモヤして、その場で一気飲みした。続けて、グラスを手にしてもう一杯。
二杯を一気に飲み干すと、さすがに胃の中がカァーッと熱くなる。
「ちょっ、菜穂子さん。そんな飲み方しないで下さいよ」
私の飲み方を見て、櫂君が慌てて止めようとする。
「櫂君には、関係ないでしょ。早く女の子の相手してきなさいよ」
「ですからっ」
不満顔を向ける櫂君からぷいっと顔を背け、ワインのグラスを二つ手にしてさっきの席へ戻ると、丁度ビンゴ大会が始まった。
テーブル席には、席ごとに一枚ずつビンゴカードが置かれている。
会長がビンゴの玉を抽選して秘書が番号を読み上げはじめると、会場は今まで以上に盛り上がりを見せ始めた。
だけど私は、ビンゴよりもお腹の中のモヤモヤに何故だかひどくイライラして、読み上げる番号なんか無視で一つ目のグラスのワインを飲み干した。
「また、そんな一気に……。何か食べましたか? 何かお腹に入れないと……。そんな無茶な飲み方、よくないですよ」
ついさっき小競り合いをしたばかりだというのに、櫂君は心配したように何か食べるよう私へと促す。
そんな櫂君の言葉を無視していると、呆れたように溜息をつかれた。
「僕、何か食べる物を持ってきますから。待っていてくださいね」
そう言い残して、櫂君は料理の並ぶテーブルの方へ歩いていく。
その後姿をなんとなく見送っていると、さっき一番に櫂君へと近づいてきた女の子が、またスカートをひらつかせながら、彼のそばに行くのが見えた。
フレアスカートひらひらちゃんは櫂君にべったりと寄り添い、なにやら耳打ちするようにしながら楽し気に話しかけている。
「モテモテ君じゃないですか」
モヤモヤとイライラのまま言い捨て、二杯目のグラスも一気に飲み干したけれど、まだまだ飲み足りなくて、私はまたアルコールを取るために席を立った。
今度は、カクテルにしようかな。
カクテルを作るホテルマンの姿をぼんやり眺めていると、グラスには透明で小さな泡の上がる飲み物が注がれた。
どうぞ、というように手渡されたグラスを受け取り、少しだけ口にする。
「ジン?」
そのグラスを持ったまま席を振り返ると、櫂君はまだフレアスカートひらひらちゃんとべったりくっついて話し込んでいた。
その姿にモヤモヤの嵩が増し、私はカクテルを持って会場を抜け出した。
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