幕間

幕間 ①

 小学校へ向かう彼女の足取りは、集団登校の輪から少し遅れるほどに重かった。台風でも来てくれば休校になると彼女は願うが、生憎の快晴。暗雲はどの方角を見渡しても確認できない。


 彼女の憂鬱ゆううつの根は、先日の昼食時、級友の男の子から投げられた何気ない言葉から端を発した。


「お前、よく食べるな」


 学校の給食の量だけでは物足りないと感じていた彼女は、家からおにぎりを持参していた。それを食していたおり、隣の席の男の子からデリカシーに欠けることを言われた。


 その男の子に悪気はなかったのだろう。彼の声色に冷やかしはなく、ただ目の前の現象に対し素直な感想を述べていた過ぎない。動物園にいるゾウを『わぁー、大きい』というくらい彼が軽い気持ちだったのは、幼い彼女にも理解できた。


 しかし、その男の子の軽率な発言が、周囲にいた他の男子たちの嗜虐心しぎゃくしんに引き金を引いた。

 

 彼女のふっくらとした顔や体型を指して、近くにいた男の子たちが揶揄やゆした。デブ、ブタ、といった幼い子どもが知りえる数少ない人をけなす言い回しで。一人が言えば、またもう一人と、簡単に彼女の心を傷つけていく。単調で、幼稚な皮肉ではあったが、それが募れば募るほど心に負荷がかかった。


 母子家庭で育ち、母親になるたけ負担をかけないよう意識して育ったからか、彼女は優しく大人しい子どもだった。だから、男の子たちの心ない言葉にまともに取り合わず、笑って受け流した。言い争うことを嫌い、平穏に事を済ませたかった。自分が話のさかなにされるのはその日限りだと、確証もない期待をして。


 彼女の外見を嘲笑する男の子のたちの声は、その日だけで収まらなかった。事あるごとに自分の名前を呼ばれ、体形にちなんだ冷やかしを受けた。無邪気な言葉の暴力は、時間の経過と共に彼女の心に傷を増やしていった。


 担任の先生に相談しようかとも考えたが、彼女の性格上、手を焼かれる子だと思われたくなかった。平穏かつ、人に迷惑をかけずに問題を解決したかった。


 だが、非力で無知な彼女に、一人でも男の子たちを黙らせる妙案は浮かばず、代わりに青息吐息あおいきといきをこぼすだけ。


 彼女は校門を抜け、自分が所属する教室へ上がっていく。また今日も、級友の笑い者にされる不快感を想像しながら。

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