南場花月 ⑫

 長い沈黙が訪れた。花月は俯いたままで、双眸そうぼうに艶やかな明るい髪がかかる。深く考え事をしているようでもあり、落ち込んでいるようにも見えた。


 言い方がまずかったかな。自分では気をつけたつもりだが、説教くさく捉えられたかもしれない。


 無反応の花月に何か声をかけようとしたところ、彼女はそっと顔を上げた。俺が思っていた表情と、全く異なるもので。


「あなたに相談できてよかった」


 俺は目を疑った。俺の予想に反し、彼女は心が満ち足りたように微笑んでいたから。花月の中でどういった心の整理がされたのだろう。俺は信じられない現象を目の当たりにしている気分だった。


「公大に言われた通り、梨香の話をしっかり聞いてみる。自分が良かれと思ってしてきたことが、もしかしたら裏目に出てたかもしれないし」


「まぁ、そうした方がいいと思うけど……」


「どうしたの? 珍しいものを見たような顔して」


「いや、あまりにもすんなり俺の話が受け入れられたから……少し戸惑ってる」


 素直というか、寛容というか、お人好しというか。オブラートに包んだとはいえ、花月がこれまでやってきたことを批判したのに、反発はないのだろうか。こんな冴えない男から、わかったような口を利かれて。


「何で公大が戸惑うことがあるの? 私に正しい指摘をしてくれたのに」


「友達の立場になって考えてみればって言っただけで、正しいかどうかはわからない」


「私にはそれができなかったから。梨香を止める方法ばかり考えて、話し合いなんてろくにしなかった。ありがとう、アドバイスをくれて」


「あぁ、うん……」


 本人がそれで納得しているならそれでいいか。口論にならなくて助かった。花月が幼子おさなごのようなピュアな心の持ち主で。


「梨香のことが上手くいったら、また公大に言うね」


 上手くいく根拠など何もない。今更、梨香の真意をみ取ったところで、やはり彼女が部活を続けるという展開は起こりえないだろう。花月自身もそれは薄々気づいているはずだ。


 しかし、なぜだろう。


 隣にいる彼女が言うと、明るい未来が待っているような気がした。


 失敗を恐れない彼女の姿勢が、眩しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る