南場花月 ⑪


 ともかく、遅れた自己紹介を済まして本題に戻る。


「話は戻るけど、公大はどうしたらいいと思う? 梨香が部活に残ってもらうには」


 俺としては、梨香を引き止めるのは無理だと考えている。部活動にそこまで興味がなく、花月以外、部での人間関係が破綻はたんしていたからだ。梨香に部活を継続させる理由を与えられない。そして、おそらく梨香も続ける理由を見つけられないだろう。花月の熱弁を聞いても、その結論は揺るがなかった。


 梨香の退部を回避する手立てはない。


 なら、問題を置き替えるしかない。


 梨香をどう引き止めるかではなく、花月にどう説得すれば梨香の退部を納得させられるか。


 俺は慎重に言葉を選んだ。決して否定してかかるのではなく、頼み事をするように話しかける。


「花月が友達に部活を辞めて欲しくない気持ちと、これまでしてきた努力。それはすごいことだと思うよ、本当に」


 彼女の気持ちを肯定するところから入った。頭ごなしにあれやこれやと言っても、逆上という感情のスイッチを押してしまう恐れがある。そうなると、いくら心優しい彼女でも、話を聞いてくれない可能性がある。


「それから、梨香っていう人がどんな人なのかも。周囲には理解されにくいけど、話してみるとおもしろい人だってことが」


「うんうん、そうなの」


「でも俺には、今の花月の話を聞いていても、梨香っていう人が本当に望んでいることがわからなかった」


「えっ?」


 ずっと思っていたことだ。花月が何をしたいのか十分にわかった。


 しかし、花月の口から、梨香の気持ちが語られることはなかった。


「花月は、その友達が何を思って、どうしたいか、訊いた?」


「それは……」


 花月はまるで自分に落ち度があったかのかように、目を伏せた。非難しているつもりはないが、本人にはそう聞こえてしまったのだろう。


「花月がしていることは、正しいと思う。友達と同じ部活で頑張っていきたい。続けていれば良いこともある。それはたぶん、間違いなんかじゃないと俺は思う。でも、人の本当の気持ちを知らない思いやりは、価値観の押し付けにならないかな」


 例えばだ。洋菓子が嫌いな人にケーキを贈って、心から喜んでもらえるだろうか。


 答えは、いな


 気持ちは嬉しいが、らないものを受け取っても処理に困るだけ。相手の視点に立てない思いやりは、自己満足に他ならない。想像力の足りない恩着せだ。


 先週、俺が学んだことだ。花月からルーズリーフをもらったから、安直にルーズリーフを送り返した。そんなことをしても、感謝なんてされるはずもないのに。


 花月が本当に友達を大切したいなら、友達の声をよく聞いた上で、何ができるか考えるべきだと思う。


「だから、一度、友達の話をちゃんと聞いてみたらどう?」


 梨香が部活を抜けたいという思いを真摯しんしに聞けば、花月も諦めがつくだろう。心優しい彼女が、人の気持ちを踏みにじってまで部活動を強要するわけがないと思うから。

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