第8話 そう、それは男の浪漫

 一月も終わりが見えてきて、日中はすっかり春の陽気に満ちている。おれらの国じゃあまだ肌寒いころだと思うが、このへんは昼も夜も過ごしやすくていい。

 そんなこの晩のことだ。

「久々に男同士、どうだ?」

 おれとリエルが一階の食堂で晩飯を食い終えたとき、それを待っていたかのようにルシエドがクイっと親指で天井を指した。

「いいねえ、思えばそういう時間は本当に久しぶりだな」

 なにせ国を出てから最近までなかなか落ち着ける時間がなかった。だからおれもリエルもふたつ返事で受け容れ、ルシエドの部屋まで行くことにした。

 ヒューレとクレアにゃ悪いが、こればっかりは男の特権だからな。


 部屋に入ると、あいつはすぐに棚から酒瓶とグラスを出してテーブルに並べた。

 いちいち「なにがいい?」なんて訊いて「あれがいい」と答えるような間柄じゃねえから、用意された瓶は三本。

 ルシエドは古い赤ワイン、リエルは爽やかめの白ワイン、おれは喉から腹にかけてカァ~ッとくるキツいウイスキーだ。

 それにしても、このいかにもな貴族調の部屋でソファーにどっかり腰を据えて酌み交わすなんざ、本当に昔みたいだな。

「で、どした? 最近やってる悪さの報告か?」

 こいつが酒に誘うときは、だいたいなんかいいたいことがあるときだ。きっとヒューレとクレアが揃って厨房に入ってる今日をあらかじめ狙ってたんだろうから、だいたいなんの話かは想像つくけどな。

「よくご存じで」

 ルシエドは苦笑いをこぼして、洗いざらいぶちまけてくれた。



 おれの第一声は、

「やっちまったなァ」

 だ。

 リエルは感心しちまってるようだが、あんまりいい話じゃねえぞ、これ。

 せっかく晴れて世捨て人になったってのに、よりにもよって潰れた国の再興に肩入れしてたとは……

 しかもその方法が国王の暗殺ときた!

 ぶったまげたね!

 いやホント。

「水くさいではありませんか、われわれにもお声かけくださればなんなりとお役に立ちましたのに」

「できる限りおれたちの情報を隠しておきたかったんだ。それにやることは暗殺だ、おまえたちにやらせる仕事じゃない」

「せめて作戦指導ででも派遣してくだされれば、喜んで向かいましたのに……」

 すっかりこの町の姉ちゃんたちにチヤホヤされる生活に馴染んできたと思ったら、やっぱり根っこは武人だなあ。おれも正直いうと体がなまって仕方ねえから、行けるもんなら行きたかったぜ。

「しかし、あの姉ちゃんに素性を隠しておけなかったのか?」

「無理だ……」

 ま、だろうな。

 ということは、コトはあの朝帰りの日か。

 償いと慰めのために一晩ともにしときながら、一方的に「おれのことは訊くな」なんていえるやつじゃねえもんなあ。

「しかしそうなると、面白いことになりそうだ」

 おれはヒューレとクレアの顔を思い浮かべる。

「クレアにはいうなよ」

「いわねえよ、おれはな~」

 しっかし酷い男だね、そこでクレアの名は出てくるのにヒューレの名が出てこないとは。

 ヒューレ、残念ながらおまえ、こいつに女として見られてねえぞ。

「いっておきますが、私も決して口外したりしませんからね?」

「わあってるよ~」

 誰が喋らなくたって、否も応もなくすぐにバレちまうよ。クレアがもう一人できちまったようなモンだろうからな。


「しっかし、あの獣人娘、大活躍だな」

「汚れ仕事とはいえ、羨ましい限りです」

「おまえらな、いつまで騎士のつもりでいるんだ。もうおれたちはまともなやつを相手に剣は握れない身分なんだぞ」

「だからこそさ。それで思い出したんだが、こないだ市長から面白い話を聞いたんだ」

「あのじいさんから?」

 こいつは市長の話題になるとす~ぐ眉をしかめやがる。なかなか愉快で話の分かるいいじいさんだと思うんだがなあ。

「この領内にゃあ地下迷宮ラビリンスがあるそうなんだ」

「ラビリンス?」

 二人揃ってポカンと口を開けやがった。待ってました、そういう反応!

「待て……」

 ルシエドの表情が曇っていった。

 ああ、わかるぜ。うん、いいたいことはよお~くわかる。

「それ、新発見じゃあ、ないよな……?」

「何十年も前に発見済みだ」

「……あのじじい」

 そう、じいさんは当然昔っからそれを知ってて、今の今まで黙ってたんだ。

 ラビリンスがあるとなりゃあ、冒険者がうようよやってくる。冒険者がやってくれば町は多少荒れるが活気が出てくる。そうなりゃうちの店も大繁盛間違いなし!

 それなのに、じいさんは黙ってた。

 理由はひとつ。

 まだ冒険者どもを大量に受け入れるだけの土台ができてなかったからだ。なんせ巡回衛兵すらモノになってない状態で宣伝なんかしたら、なによりおれたちがまたてんてこ舞いになっちまうからな。むしろじいさんとしては気を遣ってくれてたわけなんだが、ルシエドからしたらそういう大事な情報は早めに渡しとけってことなんだろうな。

「しかし、そんなに昔のラビリンスならとっくに踏破されているのでは?」

「それがだよ、周辺に冒険者が拠点にできるようなまともな町がないらしいんだな。ここ以外」

「ああ、なるほど」

 バリザードの以前の状態を考えれば、これ以上面倒事を増やしたくないからあえて存在を伏せておいたんだろう。

 しかし今ならどうだ?

 町は正常化し、おれたちという(自分でいうのもナンだが)強力な抑止力がある。しかもこの店なら荒くれどもが拠点にするのにちょうどいいときたもんだ。

 今が好機というほかないぜ。

 ちょうどそろそろ乗合馬車も開通するしな。

「で、行きたいのか?」

「当然だろ!」

 未踏破のラビリンスがすぐ近くにあるんだ!

「これで心が躍らなきゃ男じゃねえぜ! なあ、リエル!」

 一瞬微妙な顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔を見せた。

 そう、おまえも男だからな!

「興味は、ありますね」

「おまえらが揃って抜けたら困るんだがなあ……」

「ヒューレも誘っちゃダメか?」

「おれにすべての負担を押しつける気か!?」

「一人だけ仲間外れってのは可哀想だろ」

「くそう、もっと早く知っておけば下見も事前準備もできたってのに、あのじいさんめ……!」

 そんな感じで、おれたちの久々の酒は明るく楽しく夜更けまで続きましたとさ。

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