第10話 火付盗賊改型悪党
果たしてそこは、つい数時間前におれのものとなった店舗だった。
大通りから一本入っただけの住居を兼ねた木造二階建てのレストランだったその空き店舗は、油が撒かれたからなのだろう、それはもう見事なほど赤々と燃え上がって夜の町を彩っている。お陰で野次馬満員御礼のビッグイベントだ。どちらもご苦労なことで。
「まあ、綺麗」
おれに寄り添って笑顔でクレアは呟いた。
「もう少し深刻そうな顔をしてくれ。どこでやつらが見てるかわからん」
「はぁい」
正直、おれは驚いている。
まさかここまで直接的で迅速な行動に出るとは思っていなかった。せいぜい書類のことでいちゃもんをつけてくるとか、商工会とは関係ないと言い張るごろつきが場所代をせびりにきて結局商工会に泣きつかざるを得ないように仕向けるとか、その程度だと考えていた。
だから書類も流し読みでサインし、家人はおろか護衛もいないといっておいた。
それがまさか、即日放火とは。
しかしたぶん、最初からこうするための物件としてキープしておいた場所なんだろうな。見れば、建物は木造だが周囲には石の塀がきっちり立っていて延焼を防げるようになっている。そのうえ隣の建物とは少し距離があるから、まさに燃やしてくださいといわんばかりの建物だ。地図と間取り図だけじゃここまで読み取れなかったおれの落ち度だな。
ま、落ち度になんかしないんだが。
「失礼、ウルフィスご夫妻ですか?」
ほうら、お出ましだ。
「いかにもそうだが」
振り向くと、身なりだけは整えているが顔はどう見てもごろつきというべきがたいのいい男が四人、並んでいた。
「ちょうど商工会長から報せに行くようにといわれてきたところです。事務所までご同行ください」
「よければ奥方はこちらで宿まで送りますが」
「ああ、だったら頼もうか」
そういうわけで、おれはクレアと、離れて待機している三人に目配せし、男たちについて行った。
案内されたのは昼間訪れた建物の隣。というよりこっちが本館なんだろう、商業ギルド長じゃなく商工会長からのお誘いってんだからな。
そこの一室に入れられたおれを待っていたのは、商工会長を名乗る太った男ドネス・カヴァナと商業ギルド長のムルク・シャバン、そしてその護衛という名目でおれを脅す役であろう用心棒が四人。
「こんな時間まで仕事をしていたとは、長というのは大変だな」
半分は本気でそう思ってる。おれにも経験があるんでね。
「はは、これは痛み入りますな。そちらのほうが大変でしょうに」
下卑た笑みを浮かべて応えたのは正面に座るカヴァナだ。
「そういえばそうだったな」
「まだ混乱しておられるようだ。無理もない、町に到着したばかりで、しかも意気込んで店を購入した直後にあんな不幸に見舞われては」
「ああ、まったくだ」
「そこで、われわれとしてもあまりに哀れなので少々手助けをしたいと思いましてな」
「ほう、手助け」
「確か、既に商業ギルドの会員にはなっているが、共済組合には入っていないのでしたな」
「ああ、そうだ。入っておけばよかったな」
おれがこの町で一番驚いたのは先ほどの火事じゃない。この共済組合という制度だ。早い話が業務中の事故や災害に対して組合が補助する代わりに運営金として会費を取るというもので、形自体は職業組合と変わらない。だが事故や災害に対する制度というのは初めて聞いたのでこの町の連中もなかなかやるなと感心したものだ。
もっともそんなのは建前で、今からやろうとしてるように取れるところからぼったくるための口実だろうが。
カヴァナの提案は予想どおりのものだった。共済組合の代わりに商工会で補助してやるから金を出せ、とさ。ついでに、もし自費で建て直したく、そのために借金が必要ならそれも商工会のほうで請け負うと。
ハッ、これが他人事ならどの面下げていいやがると笑ってしまうところだが、あいにく目の前にその面があるんで笑うに笑えない。向こうは不細工面で笑ってるがな。
「ありがたい話だ。共済組合の代わりをやってもらうとして、それは月払いかな?」
「もちろん」
カヴァナは用意のいいことに既に書類を用意していた。もうこれこそがクロだといっているようなものなんだが、そんなに馬鹿に見えるかね、おれ?
だとしたら大成功というべきだろうな。
やつらはおれから金のにおいを嗅ぎ取り、しかもまだまだ搾り取れる馬鹿だと踏んで迅速に動いた。まったくもって見事と褒めてやろう。
しかし、これが演技だと気づけなかった時点で二流確定だ。
「やけに高いな」
月三〇〇ゼノ。商業ギルドの会費は五〇ゼノだったぞ。それでも完全にぼったくりだが。
「共済のほうが安いは安いが、あれも組合なのでいろいろと面倒事が多い。その点うちが請け負う場合はそういうことはなしですよ。それに今から共済に入っても補助金は出ませんからねえ」
そりゃあそうだろうな。
このへんが頃合いか。
「せっかくの申し出だが、遠慮させてもらおう」
「ほう? すべて自費で賄うと?」
「ああ、問題ない」
「ですが相当な痛手でしょう。きっと奥方も心を痛めておいででしょうに。おい、ちゃんと宿までお送りしたんだろうな?」
「ええ、そのはずですがねえ」
用心棒たちがにやにやと下品な笑みを浮かべる。
わかってるよ、こういう事態に備えて人質にしてるっていいたいんだろ?
でも残念だったな、いまごろ痛い目見てるのはあのごろつきどものほうだよ。
知らないってのは、なかなかに哀れだよなあ……
「悪いが、おれはおまえたちに助けてもらおうとは微塵も考えていないし、交渉するつもりもない」
用心棒が剣に手をかけるより早く、おれの両手から放たれた魔法が四人を粉微塵にしていた。
室内に肉片と血飛沫が飛び散り、生き残った二人の悪党はしばし呆然とする。
「お、お、おまえの妻はこちらに……」
「いねえよ。あいつらとっくに皆殺しだ」
「えっ……」
「おれはな、商談をしにきたわけでも、交渉をしにきたわけでもない。貴様らをブッ潰しにきたんだ」
殺意を両腕に宿し、銀色に輝く蒼いその腕で、ふたつの頭を握り潰した。
「さァて、久々の戦争といこうか」
五人対数百人?
余裕だね。
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