31―2
閑静なチャットルーム。
その隅の方のテーブルに、コーヒーカップが置かれる音がした。
香りを含んだ湯気が、ゆらゆら揺れる。
低めの天井を目指し、立ち上る。席に座った、ザックの鼻先に触れながら。
『今回は、記念すべき一回目。まずは、理解を深めて貰うため、その力はどのようなものなのかを知って欲しい』
今、ザックの意識にコーヒーは無い。香りもまるで感じていない。
シンクロ・シティ内に、意識は全て注がれていた。
ザックはそこで、一つのチャンネル思念を覗いていた。
数日前から告知され、注目を集めていたクレロワのチャンネル思念である。
『ネメキネシス…… それは〝世界を創造する力〟とされている。我々が持つ思念波やタグ術は、この力のほんの一部を発現しているだけに過ぎない。我々が本来到達するはずだった新次元の種〝レインボー〟こそが、ネメキネシスを扱えたのだ。その力の発現には、アニマクオークという――』
と、ザックは途中でシンクロ・シティを抜け、現実に戻る。
(ネメキネシス。この話で、レインボーへの関心を高めるつもりか……)
黒く濁るコーヒーに、砂糖とミルクを多めに入れる。
かき混ぜると溶けていく、二つの白。
勢いよく渦巻くコーヒーは、さながら嵐。
(嵐…… 荒らしか)
ため息混じるで白みが増したコーヒーを覗く。
そもそも、ザックがチャットルームに長居している理由は、協力者を募るためだった。
荒らしの気配が一際強い浜辺を見つけ、そこが進化派の計画に関連した場所であると断定。張り込めば計画の中心人物〝あみ〟にもも接触出来ると踏んだのはいいが、問題はその後。
占術師を見つけ、過去や未来の透視をして貰う予定だったが、それがうまくいかなかった。
今までで三人、透視の協力を得たのだが、皆なぜかうまく能力を発揮できなかったのだ。
「では行きましょう!」
今、真正面の席から明るく話しかけたのは、四人目となる協力者。
数一〇分前に出会ったばかりの、占術師である。
「うまくいくように頑張りますね!」
占術師は、ずいぶんと乗り気だった。
が、ザックの方は気乗りしない。
内心、すぐに断るつもりでいたからである。
なぜなら、若いのだ。というのも、一八前後の少女らしい見た目の事だけでは無い。
占術師として駆け出しなのだろう。傍目から見てもどこか初々しさが感じられた。これでは今回の依頼は難しいだろう。
が、本人のやる気の前では、断ろうにも断りずらかった。
危険が及ばない範囲で協力して貰おう…… ザックはそう決め、コーヒーと不安を一気に飲み干し、件の浜辺に向かった――
*
「うーん…… ぜんぜんダメです」
占術師の少女は、ぺたりと砂浜に座り込む。
三〇分である。長らく過去透視を試みたのだから、消耗は激しいはずだ。
本人が望んだとはいえ、流石に気が引ける。 座り込んだままの少女の手を引き、ひとまず労う。
出会った時から気になった、妙に短い丈のローブ。
立ち上がる際にそこから覗いた細い柔肌が、なんとも反応を困らせる。
「すみません、苦労を掛けて……」
「すみません…… 結果、出せなくて」
重なる二つの畏まり。
笑い声も、その後すぐに重なった。
互いにリラックス出来た所で、ザックは改めて礼をし、報酬を支払う。
少女はまだ遠慮がちだったが、うまくフォローし、納得させる。
実際、今回の一件でハッキリとした事があった。
進化派の誰かが、あらかじめ透視の妨げになる処置をあの浜辺にしていたのだろう事実だ。
この地が疑われる事を想定しての処置。ならば、他にも何か、罠の様なものがあるかも知れない。
だが、進化派のルール上、無関係な者を巻き込み兼ねない攻撃的な類いの罠は考えにくい。
ということは、警報的な役割の罠か。たとえば、この地で過去透視が行われたらすぐに進化派に知られる具合の……
(ばれたかもな。俺が来た事が)
もう逃げられている可能性も出てきた。振り出しどころか、取り逃がし…… 完全なミスである。計画を阻止出来はしたが、それでは足りない。
「あの、わたしはそろそろ…… あ、これからパワースポットに行くんですが、良かったら一緒に行きませんか?」
考え込む中、少女から思わぬ提案が舞い込んだ。
誘いはつまり、観光目的か。
確かにクシミにはパワースポットが多数ある。だが、少女が行く目的は観光では無いらしい。
「ちょっと疲れを癒やそうと…… わたしがさっき無茶出来たのも、パワースポットで休めると思ったからでして」
なるほど、魂の疲労を軽減するのが目的か。
パワースポットは、単なる観光地では無い。疲労の概念があるバイオレットにとっては、休息地になる。
もちろんザックも知っていた。
(そういえばラーソさんが言ってたな。占術師にとっては、かなり重要な場所でもあるって)
思い出した、その時だった。
「パワースポット…… そうか!」
ハッと、閃きがわき上がる。
突然の驚声に驚きを見せる少女の傍ら、閃きを整理する。
今進めている進化派の計画は、音楽を利用し、荒らしを一カ所に集め、その魂をクラウドの壺に保存するというもの。
それは表立っては行われていない。他者にも極力影響が無い程に。
ここまでは、確定した事実。
以上を踏まえた結果、進化派は人目の付かない場所を利用していると考えたザックは、人気の無い場所を重点的に探った。
そこに計画の中心人物〝あみ〟が居るとも考えた。
が、その行為こそ〝ズレた〟ものだったのだ。
あみはそもそも、荒らしを計画実行の地へ導く役目。その荒らしを浄化する実行犯では無いはず。
計画の地に居る意味は無いのだ。
なら、どこに……
その答えは、あみはどうやって荒らしを計画実行地へ誘導しているのか、にあった。
あみは、ミレマの時のように、荒らしを引き寄せる音楽で誘導している。
だが、あの時と違うのは、実際に音楽を流しているわけではないという事。
チャネリングの要領か、何らかのタグの使用か。いずれにせよ、荒らし以外の者には聞こえない音色を用いているのは間違いない。
その音色を常に能力として用いているとなると、疲労はただで済むはずが無い。
その疲労を軽減する場所こそ、パワースポット。つまり、あみはそこに、それも一番効力が強いパワースポットに潜んでいるはずである。
だが、この仮説にも落とし穴がある。
進化派が持つ、マゼンタプレートの存在である。
あれを疲労回復に使えば、あみは疲労知らずの可能性がある。
が、それはすぐに否と結論付いた。
マゼンタプレートは、使用者のオーラを無理に拡大させるため、使えばむしろ疲労を覚える代物。
仮に音楽拡散の際に用いている場合、どうやってもパワースポットに居なければ身が持たないはずである。
考えは纏まった。
一気に、あみとの距離が縮まった。
次に行くべき場所も、絞られた。
ならば、思い立ったら吉日である。
ザックは、クシミで一番エネルギーが満ちたパワースポットに向かう事にした。
「あ、あの……」
少女の声だ。
これはしたり。考え込んで、周りが見えなくなっていた。
「なにか心配事でも?」
心配そうに顔を曇らせる少女に、「なんでもない」事を告げ、なんとか取り繕う。
そのまま、提案されていたパワースポット巡りの同行にも断りを入れる。
少女は有名な場所を五つ、順番に回るらしい。
最後に回るのは一番効力があるとされるパワースポット。
ザックが今行く場所もそこだが、少女の巡り方を鑑みれば、出くわすタイミングはズレるだろう。
それなら万が一のトラブルに巻き込む事はなさそうだ。
となれば後は、着いた先でのトラブル回避を考えるだけ。
少女にもう一度礼をして別れよう。気を切り替え考えたが……
(……そういえばまだ名前を聞いてなかったな)
先を急ぎすぎたためか、初歩的な礼儀を欠いていた事に気付く。
気恥ずかしいまま名を告げ、非礼を侘びる。
「あ、〝ミユ〟といいます。わたしのほうこそすみません。全然気にして無くて」
少女―― ミユもバツが悪そうに、はにかみ笑い。
「ではミユさん。また、縁が会えば会いましょう」
握手をし、別れを告げる。
その後、ミユは背伸びをした後立ち去った。 独創的な、短いローブが僅かに翻る。
ザックはその背を見ながら、意識を強く、切り替える。
あみとの対峙、打倒に向けて――
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