30―4
「グーリの市街地に、敵対勢力の手がかりになる者達が潜んでいるとのことだ」
カニールガーデンに帰って早々、音吏は襲撃者から聞いた情報を仲間と共有する。
邪魔者の居場所が分かった以上、早々の排除、出来れば今すぐにでも向かうのが望ましい。
といっても、この場に居る者は、クレロワとヤーニ。
クレロワは専ら、進化派が行う活動の隠蔽や、都合のよい噂を世間に流布するのがメイン。
ヤーニは今はスランプで心持たない。
そうなれば、敵対勢力排除の任は、話し合うまでも無かった。
が……
「音吏さん。私はあなたを侮るわけではないが、向こうとて頭が回るワンダラーが居る。一人ではいささか不安が残るのだが」
クレロワは、敵対勢力排除そのものに不服があるらしい。
音吏は、そんな及び腰を鼻で笑う。
敵対する勢力を一網打尽に出来るなら、水火も辞せず。それが音吏の答えだった。
その後、クレロワも一応は承諾。
ヤーニはまだ一度も口を開いていないが、否を出すつもりは無いようだ。
意見は一致。ならば、すぐに向かおうと音吏は意気込む。
「失礼。私からも情報があるのだが」
クレロワが、勿体ぶったように口を開く。
「あみが、知り合いから知らせを受けたらしい…… それによると、あみの情報を探る者がいるという。厄介そうな相手、とのことだ」
やはり勿体ぶっている。それほど価値のある情報と言うことか。
「ザック、だ。厄介者の名前は」
……予想以上の情報だった。
「ちょっと待って! ザックって確かクルトさんが……」
これまで黙っていたヤーニも、ついに大声を上げた。
何しろ、ザックである。
クルトにより片付けられていたはずの存在が、生きていたのだから驚くのは必然だった。 流石の音吏も、驚愕だった。が、そこは音吏、冷静に思考し、答えを出す。
「生き死には問題ではない。あやつは易々と消滅する者では無いからな。警戒してしかるべきだったのだ。重要なのは、ザックがあみに接触しようとしている事にある」
なにも知らず、ザックがあみを訪ねる訳がない。
あみが何かを企てているのを知り、それを阻止しに来た…… 音吏はそう考える。
だが、新たな疑問が生じる。
あみを知っているのなら、モヴァからクシミに計画を移行していることも知っていてもおかしくはない。
モヴァへは行かず、クシミにすぐさま行く。これが合理的かつ、行動がこちらに漏れにくい最善の策である。
「それをしていないということは、あみについてはもちろん、計画がどういうものなのか、漠然としか知らない、という事か」
クレロワも同じ考えを導き出した。
となれば、次の疑問である。
あみの進める計画がどこから漏れ、ザックに伝わったのか。
「当然、計画は世間には漏れないよう手配してある。敵対する者達にも伝わらないほどにな」
そう言った時、音吏は悟る。
いや、すでにうすうす感じていた。
同じメンバーの中に、裏切り者がいることを。そしてそれが誰なのかを。
メンバーの中で唯一、計画がモヴァからクシミに移行した事を知らない者が居る。それは……
「……クルトさん、だね」
ヤーニが、今度は小さく言う。
ザックがクルトを通し、計画を知ったのだとしたら、古い情報しか知らないのも納得で
きる。
ザックが生きているのも、ザックが〝しぶとい〟からでは無い。クルトが〝見逃した〟で説明がついてしまう。
さらに一つ。リリの誕生日の時に起きた襲撃…… それに関わっている可能性すらある。 つまり、クルトが裏切り者なら、そのあらゆる行動が疑わしいものになるのだ。
「まぁ、今の話は憶測に過ぎん。ザックは偶然モヴァに立ち寄り、そこで何かを察してあみを怪しんだとも考えられるからな」
だが、それでもクルトを疑うに超したことは無い。
「……どうする? リリに、話す?」
ためらいがちに聞いてくる、ヤーニ。
ためらわず、音吏は質問に否を出す。
マイナスな話題で、これ以上リリを落ち込ませるわけにはいかなかった。
この件は、一旦保留になる。
クルトには警戒を強める事で、場は一致した。
「となれば、後はザックの対処についてだが……」
現状、ザックを迎え撃つ適任な人物はヤーニだった。
しかし、ヤーニはスランプ。
とはいえ、ザックの件は緊急事態。呑気に構えるのは愚策だった。
「……君の体調不良は一時的のことだろう。タルパには良くあることだ。気にすることはない」
ヤーニの肩を軽く叩き、音吏は笑う。
「君が適任なんだ。リリも、君の回復を望んでいる」
精一杯の励ましだった。
スランプが精神的な要因なら、自信と、自己の存在価値を再認識させるのが一番。
しかし、ヤーニは以前、浮かない表情。
スランプは予想以上か…… 音吏は舌打ちしたくなるのを堪え、もう一度励ます言葉を考える。
「皆さん、楽しそうに何の話をしてるんですか?」
思考の最中、声がした。
なんとも清らかな、女性の声。
淀んだ空気が、その時スッと消え去った。
いち早く声に反応したのは、ヤーニだった。
「リ、リリ! 気分はもう良いのかい!」
リリが明るく微笑んだ。そこには、憂いや悲壮は感じられない。
「色々考えたの。いつまでもへこんでちゃ、シオンに茶化されちゃいそうだしね。だから、やるべき事は…… 最後までしっかりやるつもり」
ただ一つ、〝凛〟とした空気をリリは纏っていた。
感激か、安堵か。皆、一様に喜びの声を上げる。
音吏も内心、ホッとしていた。
が、冷静第一。
表情を崩さず、今の進化派の現状をリリに伝えていく。
敵対勢力の所在地が判明した事。
ヤーニが能力不全に陥った事。
邪魔者であるザックが計画を妨害する可能性がある事。
クルトの件は伏せ、必要だと感じた部分のみをリリに話した。
「なるほどね。ヤーニについてはわたしにも責任があると思う。それと……」
顎に右手を当て、考える仕草をするリリ。
音吏は知っていた。こういう、いかにもわかりやすい仕草をする時は、決まって驚くことを口にするのを。
「敵がいるって屋敷には、わたしが行こうと思うの」
やはりだ。
いつになく好戦的な発言、驚くべき事である。
しかし、音吏はそれ以上に、感じたことのない身震いを覚えた。
このリリの下ならば、これまで以上に計画が順調に進む…… そう確信するに十分な強いまなざしが、リリには宿っていた。
「わたしは今まで、汚れた所から身を引いて、上から見てるだけだった…… そう気付いたの」
オーラの強大さ故、他の者には成し得ない事が行えるリリは、進化派にとって極めて重要な存在である。
それ故、前衛に出ない考えは、理にかなった事だった。
理解者の音吏は、本来ならば戦いに赴く事は止めるのが役目。
だが、今は違う。
「いざとなれば、いつでも駆けつけます。リリ、お気に召すままに」
膝を屈し、頭を垂れる。
(私も見てみたいのだ。今のリリ…… 迷いを克服したリリの壮麗を)
リリの柔らかい掌が頭を伝う。
音吏自信、わき出る熱意を感じていた。久しく感じていなかった、高揚感だった。
「よし、僕も負けてられないな! クシミに行ってザックを始末すればいいんだっけ?」
ヤーニも、スランプは何処へやら。やる気十分、瞳に熱い輝きを見せて口角火花を辺りに飛ばす。
話はすべてまとまった。
クレロワは、これまで通り世界に蔓延するネガティブオーラの調査、管理任務。
ヤーニはクシミでザックを向かい打つ。
そして音吏は、このまま待機。リリがグーリで敵対勢力を打倒するのを待ち、必要ならば応戦。
各々の役目を再認識し、その場は解散。
かくして、士気が高まる進化派の、静かなる闘争が始まろうとしていた――
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