18―4
ザックは、風音を耳にじっと佇む。見つめる先の風景は、少しボヤけている。
目元まで挙げていた両手を下方に引く。すると、視界が晴れ、くっきりとした世界が広がった。
ボヤけの原因である、カメラのレンズ。それを専用の布で拭き、ザックは改めてカメラを構えた。
先には、ガーネットのネックレスを持ち怪訝に佇むセラの姿。そして、色とりどりの花達と、高く伸びる林檎の木。
鮮やかに実った林檎は、ガーネットの様に大樹の姿を引き立たせる。
ここは、セラの家にある広大な庭の中。
沼での一戦の後、なんとか老人を説得し、魂を休ませることに成功したザックは、その足でセラの元へ戻り、自宅に案内するよう願い出ていたのだ。
「本当に、これにあの方が?」
手にしたガーネットを見据えセラが呟いた。
通常、魂は自身が最も印象に残る場所へと戻る。
荒らしから戻れた夫の魂は、パワースポットから解放され一番身近で印象深い物に憑依したはず…… ザックはそう予想していた。
「では、セラさん、撮りますよ」
乾いた瞳を一瞬閉じる。直後、乾いた音が一瞬響く。
上手く撮れた、はず…… 確認のため、ザックは後ろで待機しているマティスの方に向かう。
マティスはタグ師でもある。カメラに内蔵された写真をペーストタグで引き出して貰おうというわけだ。
マティスは無言で頷き、書き上げていく。カメラが淡く輝き、そこから写真が一枚現れる。
映る光景は、林檎の木を背景に佇むセラの姿、そして……
「これは……」
セラの感嘆の声がした。
セラの隣、そこには、僅かにだが、夫の笑顔が映されていた。
「ありがとうございます…… このガーネットは大切に保管いたします。夫が戻るその日まで」
セラの目から、感情が静かに溢れ出ていた。
見つめるザックは、心に思う。
依頼達成、と。
「……なるほど、これがお前さんの仕事というわけか」
セラを見るマティスから、そんな言葉がやって来た――
*
――「そういえば、なんであの時、強引に荒らしの方へ向かったんだ?」
左足を半歩出し、拳と共にマティスが言う。
向かい来る拳を、ザックは払い言葉を返す。
「あれも、友人の影響ってやつですかね」
風が吹いた。砂煙が渦を巻き、視界を覆う。
草木も生えない砂地の中。そこは、先ほど組み手を行った、チャットルームに用意されているリンク場所である。
ザックは、立て続けに拳を繰り出し攻め立てる。が、マティスの軽いステップによる後方移動で拳は行き場を失い空を切る。
すかさず詰め寄り、再び右拳を伸ばすが、その腕は瞬く間、マティスの左手で掴まれた。
そして気付けば、マティスの右拳が目の前の視界を覆っていた。
「……お見事です」
ザックは両手を上げ、武勇を賞賛した。
場はお開き。リンクタグを書き、チャットルームに立ち戻る。
「お帰りなさい。今のお二人にぴったりなお茶を注文しておきましたわ」
帰った先には笑顔のラーソ。
隣の空間には《ミ(∵)彡》の文字が書かれていた。
「なんか…… さっきのやつより派手になってますね」
「パワースポットに行ったらパワーアップしちゃいました」
茶目っ気溢れるラーソの答えに、ザックは笑みと陽気を浮かべる。
緩やかな間の中、注文していたパワーティーが届いた。
モルダバイトティーとアクアマリンティー、割りと高価なものである。
「お前が柔なら俺は剛…… そう話した彼は、武術という技術を生み出して発達させていきました。俺は、それを引き継いだ身なんです」
紅茶を喉に流した時、ザックはポツリと呟いた。
突然の語りである。場は一気に静まり返ったが、かまわず続けた。
「彼が残したものをこれからも発展させていきたい。でも俺は、その技術をうまく受け継げてないんです。それがもどかしくて」
「……なら、今度俺にその武術とやらを教えろ。お前さんよりうまく出来るかもしれないぞ」
話す中、意外な言葉が返ってきた。
マティスなりの気づかいだろう。ザックは感謝し「またいつか」と陽気に答えた。
「おっと、そろそろ解散と行くか」
いよいよ旅立ちの時である。
去り際、ザックは多めの硬貨を受け取った。
どうやらこれまで付き合ってくれた報酬らしい。それは、ジョウントタグの費用よりも多かった。
「ではな。中々楽しめたよ」
そっけないあいさつと共に、マティスは席から去っていく。
また会う約束は、いつになるか…… 去り行く背中を惜しみつつ、ザックは隣のラーソを見た。
「では、行きましょう」
そして動き出す。
次なる目的地に行くために――
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