13―4

 散歩と称して抜け出していたザックとラーソは、今、クルトの家へと戻った。

 家からは、庭先にいるザック達にも解るほど、子供のはしゃぎ声が聞こえていた。


「あ、ザック! おれたち今日ボウケンシャになったよ!」

「荷物はこび、楽しかった!」


 ダイニングの前に立った矢先、戸を開けるタイミングと子供たちの声が重なった。

 騒々しさに驚きつつも、一緒に遊んでやろうかとザックは笑う。

 と、その時気がついた。クルトの姿が無いことに。


「ザックさん。クルトがこれを」


 レリクがちょうど、疑問の答えを持っていた。

 差し出された一枚の手紙を、とりあえず確認する。


「ザックさん?」


 ザックの眉間に、深いシワ。声を掛けられ、ハッと自分が妙な表情になっていることに気づく。


「……昼間に近くで猛獣を見たから、その駆除を手伝って欲しいらしいです」


 レリクに一礼。クルトに急ぎの用事を頼まれたと告げ、急ぎ足で向かう。

 抜ける直前、ラーソを見た。心配そうな顔に笑顔でこたえ、子供達の相手を頼む。


「では、また後で」







 着いた先は、再三訪れた森の広場。

 そこにある墓碑の前に、クルトが一人立っていた。


「君には感謝してる。親友を浄化してくれた事も含めてな。だが、こればかりは仕方がない事なんだ」


 クルトの表情には鬼気迫るものがあった。

 殺気を帯びたクルトを見、ザックは全てを察する。


「……彼らからの指示ですか」

「そうだ。さっきシオンから言われてね。君を片付ければこれまでの事は不問にするって」


 クルトの殺気が強くなる。裏腹に、消え入りそうなオーラを纏(まと)っていた。

 進化派からの信頼を得なければ、自分はもちろん家族にも危険が及ぶ…… ザックも深く理解できた。

 ならば…… と心を一つ、決める。

 力をフッと抜いて、空を仰ぎ大きく深呼吸。


「すまん。せめて楽にカタを……」

 

 クルトの声の後、思念波がやって来る。それをザックはまともに受け……


「な!」


 無かった。

 クルトの背後に瞬く間に回り込み、力を込めた掌打を決める。

 数メートル飛んだクルトだが、すぐに立ち上がり、振り向いて来る。


「な、なんで」


 クルトは絶句していた。

 本気ともいえる半透明の身体、怒気を込めたザックの表情を見たのでは当然か。


「お人好しなザックのことだ、話し合いで解決したいと言うだろう…… そう思ってましたか?」


 半透明に変わったクルトが舌打ちの後に迫る。果敢に攻める攻撃を、ザックは全て受け流した。

 拳突きを右手であしらい、思念波には思念波で返し、隙を付き力の篭った右拳をあてがった。

 その度、地に伏すクルトを見下ろした。

 クルトはこのままでは敵わないと見たか、立ち上がり、一旦後ろに繁る森の中へと移動し姿をくらませた。

 ザックは、その場を動かず周囲を見渡す。

 風が吹く。静かに小さな渦を巻く。

 森が、微かにささやいた。風にではなく、人の動く小さな音で。


「これで!」


 木陰から現れたのは、光球タグで作られた、熱の球三つ。そして、地を滑るように浮遊するクルト。


「タグ師でしたか。でも、この程度では……」


 拳をもって光球を弾き、分解。向かってくるクルトにも拳を突き出す。

 しかし、瞬間、〝驚〟がザックの思考を覆った。

 綴られるペーストタグ。瞬時にクルトから現れる突剣。


「油断したな!」


 手にした突剣が、ザックの左胸を刺し通る。

 無事ではすまない一撃である。 

 だが、ザックは平然としていた。


「……魂の力が込められていない物では、魂を捉えることは出来ませんよ」


 迷いのためか、クルトはバイオレットにはあるまじき、魂の力を使用しないミスを犯していた。

 これでは半物質半霊化したバイオレットの身体には無意味である。


 ザック構いなしに、再度右拳をクルトの腹部に見舞った。

 地の味を与えること九回目。食傷したらしいクルトは、仰向けになり立ちあがるのを止めた。

 降参だ、煮るなり焼くなり好きにしろ、そう言わんばかりに大の字になる。

 ザックは、そんなクルトに歩み寄る。


「もう、十分ですね」


 そう言い、懐からレッドオニキスを取り出した。


「これに後一回力を吹き込めば、ひび割れが起きます。この石を持って進化派の人達に見せて下さい」


 ザックはオニキスに力を込めた。すると、言った通り、石に僅かな亀裂が発生した。

 ザックはそれを、困惑するクルトの懐にしまい込む。


「力の履歴を調べれば、俺の所有石だってわかるはずです。クルトさんは死闘の末ザックを消してこの石を戦利品にしたとでも言って下さい」


 呆けた顔のクルトだったが、どうやら理解したらしい。ザックが一芝居討ったいうことを。


「だが、無意味だ。あの少年…… ヤーニはワンダラーを探知することが出来るんだ。君が生きてる事だって……」

「それはたぶん、大丈夫です。俺にも対策がありまして」


 倒れたクルトに手を差し伸べ、ザックは余裕を込め言った。そしてさらに一言論する。


「それと、さっきはわざと痛むように強く打ち込みました。クルトさん。あなたは本当の意味で今の状況と決別しなくてはなりません。一番可愛そうなのは、なにも知らない家族なんですから」


 クルトは差し出した手を受ける事は無かった。ただ、一人で立ち上がり、空を見上げ始めた。

 込み上げるものを抑えるためだと、ザックは察した。

 そして同じく天を見る。

 体を伸ばして見上げて見れば、空の青さと雲の白――







「では、色々お世話になりました」


 森から帰って小一時間後。

 家の前には、お辞儀をするザック、隣にはラーソの姿があった。

 再び交わす別れの挨拶。だが、シェイン達は以前のような寂しい目をしていなかった。

 これからはいつでも連絡しあえる。それに、もうじき自分達もザックの様に世界中を…… そんな事を思い思いに言い合っていた。


「ちょっと待った!」


 ドガドガと階段をかけ下り、クルトがやって来る。

 

「クルト、あなたまだ怪我が……」


 クルトは、猛獣退治で負傷したことになっていた。が、本人はもう「治った」と芝居をやめ陽気に笑みを浮かべていた。


「もう大丈夫だって。色んな意味でな。お前達は俺が守る」


 急に真顔で言うクルトに、子供達は冗談と思ったか、笑い合って茶化し出す。

 レリクは小さく頷くと、「よろしくお願いします」と笑顔を見せた。


「確かに大丈夫そうですね。さて、そろそろ行きます」


 ザックは背を向ける。背後に感じる視線には、馴れないものでいつもわずかな寂しさを覚える。

 だが、今はいつもとは違う。


「ザックさん。まずはどこへ?」


 隣を歩くラーソが微笑む。

 その笑顔は、青空のように澄んでいた――

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