11「うねりの中で」

11―1

 雨明けの、緑々茂る森の中。

 高く伸びる無数の木々を、ヤーニは見上げ微笑した。

 脇には、土に埋もれ横たわる一人の男。その肉体は、ほどなくし音も無く消滅した。

 森の光と同化し消える男を眺めながら、ヤーニは「完了」と独り言。

 ワンダラーアンチ…… リリにより与えられたその名の役割を、今まさに終えた所だった。

 嬉々として、リリに戦果を報告しようと意識をシンクロ・シティに入れ念話(テレパシー)の準備をする。

 はしゃぐ姿が目に浮かぶ。ヤーニにはそれが何よりの喜びだった。

 シンクロ・シティに意識を通わせつつも、足は緑の中を動き始めた。目もまたしっかりと見開き、水滴を纏わせる緑の景色を眺めていく。

 降り続いた雨のため、地面はぬかるみ歩きにくいが、ヤーニにしてみればこれも自然観察の一環。新鮮な気分を与えてくれるものだった。

 一つ一つ、自分の軌跡を土に刻んでいく。

 左、右、そしてまた、ひだ……

 ……否。

 進むはずの左足は、土へは向かわなかった。

 向かった場所は、瞬時に身を移した先、高い梢の上である。

 ヤーニは、そのままさっきまでいた場所を俯瞰(ふかん)した。

 大きくえぐられた土、逃げる小動物がまじまじと見える。

 なにより感じるものは、強い殺意。

 それは、えぐられた地面の中心…… 片ひざを屈し座す、黒いスーツの男から発せられていた。


「さすが、リリが産み出したタルパ、高い能力だ」


 短めの黒髪を後ろに流し、スラリした長身で佇む男は威圧的に言った。着こなすスーツが相俟(あいま)って、威厳にも似た風格が満ちている。

 言動を聞き、ヤーニは男が何者か察しが付いた。

 ニヤリと一笑。梢から降りると、男に負けじと背を伸ばし、声高らかに言い返す。


「ずいぶんなあいさつじゃないですか。シオンさん」


 聞いて、スーツの男〝シオン〟は、不敵な笑みを返してくる。


「試す様な真似、深く詫びよう。リリが話す事があるそうだ。同行を願おう」


 ヤーニは素直に従い、シオンが差し出す右手を受ける。

 瞬間、身は光に拡散していく。

 シオンがチャットした〝固有リンクタグ〟という、特定の人物の元に瞬時に移動できるタグの影響である。


「へえ、ぼく以外でも出来る人がいるとは驚きだよ」


 ヤーニの言葉を最後に、露を纏う森は再び自然の音のみを響かせた――







 ここ、大陸五大都市ヴァースは、長い間夜に苛まされていた。

 だが、それも数時間前の事。今は、暖かいフォトンエネルギーに満ちている。

 光が戻れば活気も戻るというもの。夜の反動なのか、ここ〝カニールガーデン〟は、拍手と歓声に包まれ、妙な賑わいをみせていた。

 それは、先日クレロワが行ったチャネリング放送〝インディゴ、レインボー。その真実〟が好評を博し、反響の声で異様な活気に包まれていたからであった。

 反響の声は、クレロワ宛にテレパシー通信で送られてくる。クレロワは、その通信を特殊に細工した旧文明の機器〝電話〟に代理受信させ、多くの者に対応させていた。そのため、電話が受信を知らせる音が、まるで拍手と歓声のように聞こえていた。

 ヤーニ達はそんな活気溢れるカニールガーデンの影にある、リリの部屋を訪れた。

 隅の方、光が現れ広がっていく。それは二体の人の形を成していく。

 ヤーニとシオン、二人がゆっくり現れる。


「ただいま、リリ!」


 張り上げる、開口一番の帰還の報。が、返るはずの声がない。

 リリはのん気に眠っていた。横たうソファーが心地よいのか、はたまた良い夢でも見ているのか、その寝顔は妙に幸せそうだった。

 と、気配を察したらしい。ふいに開いた目がヤーニの視線と重なった。

 案の定やって来る満面の笑み。そして、高速に達する素早い包容。


「まったく…… 起きたばかりなのに元気だね」

「ヤーニ、あ、それからシオンも! おかえり!」


 空気がどっと軽くなる。そこに、呼応するように反対側の部屋の隅で、先刻のような光が溢れ出した。

 現れたのは初老の姿をした男。ややシワが目立つ顔付きは、弱々しさを感じさせるが、そのシワに隠れた眼光は、とても重く深かった。

 ヤーニが誰かと訪ねると、男は〝音吏(おんり)〟と名を告げた。

 次に音吏は、リリに向かい膝を付き、敬愛を示す。シオンも同様の動作をし、ヤーニも真似て横に並ぶ。

 リリはそれを笑って受けていた。眩しく輝く表情に、座するヤーニは照らされる。


「お仕事お疲れさま。特にヤーニは仕事が早くて助かります」


 リリの労いにヤーニは喜ぶ。だが、それもつかの間。先日のマティス達の過剰な追い込みを指摘され、すぐにふてくされる。


「あれは、そもそも…… なんでかアイツがやたらに事情に詳しいから、ムキになっちゃったんだよ」


 思い返した時、やはり頭に疑問符が浮かんだ。なぜ、マティスはワンダラーでもないのに、詳しく事情を知っていたのだろうか…… 思いきってリリに聞いた。


「ワンダラーから聞いたのかも知れません。自分からワンダラーの事を話す人なんて、よほどの物好きか目立ちたがりか、ですが」


 リリは特に気にしない風だった。これまでにもこんな事があったのかもしれない。ヤーニは思い、話題を止める。

 リリも丁度本題に移るという。

 軽かった空気が、シオンや音吏の強ばった表情で変化する。


 再び世界のアセンションを達成するために、これからすべき役割を確認する…… それが三人を呼び出した理由らしい。

 聞いて、ヤーニは疑問に思い首を傾げた。

 重要な内容に対し、集まる人数が大分少ない。それが気がかりだったのだ。


「わたし達は少数精鋭、これでほぼ全員なのです。いえ、本当は…… ほとんどのお仲間が消えちゃったんですけどね」


 そう言い、寂しげな光を瞳に宿らせ、リリは昔の出来事を語り始める。


「旧文明をアセンションに導いた先導者、ワンダラー。現在のバイオレットの始祖であり今もバイオレットとしてどこかで過ごしているその者達は、かつて世界の在り方を掛けて争いをしておりました」


 芝居掛かった口調だが、その表情は真剣だった。


 ワンダラー達は三つの勢力に分かれ対立していたという。

 不完全なアセンションを、完全に遂げるよう求める進化派。

 この世界を存続させ、ワンダラーが干渉せずに見届けようという存続派。

 不完全なアセンションなら、いっそもう一度旧文明にまで時を戻してそこからやり直そうと主張する退化派。


「その戦いを勝ち抜いたのはわたしたち進化派なんですが、なにぶん犠牲を多くって……」


 昔話を始めて早々、リリはなにやら黙り混んだ。

 目元は、遠くを見るように細く開いている。自身の昔話で物思いに耽(ふけ)てしまったようだ。


「……リリはその時から、我々進化派の長だ」


 そんなリリに変わり、音吏が話を続けた。元々シワの深い眉間が、一層深くなる。


「争いの中、多くの仲間が死に絶えた。リリは、その度に誰よりも悲しみ心を痛めていたよ」


 なぜ、メンバーが少数なのか。先刻ヤーニが口にしたその問いに対する返答が、やんわりと告げられた。

 ここに居る者が今の主戦力。数一〇年前からこの少人数で活動しているらしい。


「ホントは、後二人お仲間が居るのですが、一人はスパンセにベッタリなのです。家族が大好きな人なのです」


 物思いが明けたリリが、音吏の話に言及する。かと思いきや、


「とまあ、お仲間の話題はこの辺で……」


 話が逸れてきたことを気にしてか、話を本題へと移していく。

 ヤーニは、待ってましたと鼻息荒く受けて立つ。 


「これまで通り、ヤーニにはワンダラーさんのアンチ活動をお願いします」



 アセンションは人類の、特にワンダラーの心が同調し、進化を求める心がなくては成功しない。

 進化以外を望むワンダラーが居たままでは、アセンションは成功し得ないのだとリリは話す。


「わたしも含め、残りの人は〝インディゴの確保〟それと〝ディセンション抑止〟これを進めて行きましょう」


 片目を短く閉じる目配せが、ヤーニの元に真っ直ぐ向かう。

 だが、ヤーニにはまだ解せない部分があった。

 リリほどの者が、他のワンダラーをアンチすることなど造作もないはず。それなのになぜ自分というタルパを作ってまで任せようとしたのか……


「それがそうでもないのです。わたし達が動くと、どこで知ったのかいつも割って入ってくる人が居たの。そのおかげでもう何一〇年もアンチ活動を放置しちゃってて……」


 オイオイと、解りやすい嘘泣きをリリは決め込む。それを見ていた音吏は、ハンカチを取り出しそっと渡した。


「でもそれもこれからまた動き出します。あなたにはワンダラーを探し当てられる設定をしてますし……」

「あ、ちょっといいかな」


 リリの声を、ヤーニは遮る。

 表情はしたり顔。頭には、妙案が浮かんでいた。


「さっき話したスパンセに居るっていうお仲間を貸してくれないかな。うまくいけば、その昔からの邪魔物を誘い込めるかも」


 突拍子のない提案だった。

 さすがのリリも首をかしげ、思案をする素振りを見せる。

 が、


「……予定にはなかったですが、まあ、あなたなら大丈夫でしょう。でもシオン、あなたにも同伴して欲しいかな。あまり暴れすぎないために、ね」


 すぐに話に乗ってきた。つまるところ、見張り役付きなら可という事か。

 すでにやらかしているヤーニは、仕方なしに受け入れる。

 目標は、スパンセ。

 ジョウントタグが、ヤーニとシオン、二人を目的地へと導いた――


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