10-4

 恋人は愛を口ずさみ、川辺では小鳥が歌を口ずさむ。

 到着した時、いつにも増して空気中のフォトンエネルギーが熱く輝いていた。

 こんな時は〝雨〟が降る。ザックは空を確認した。

 雲行きは心配だが、撮影にはそんなに時間は掛からないだろう。思い直し、このままハルカの撮影を見届ける。


「ではよろしくお願いします!」


 男女の呼び掛けに、ハルカが静かにカメラを構える。

 その手は、微かに震えていた。

 ――好機。

 ザックは察し、先ほどの暇(いとま)に雑貨店で購入したアズライトをポケットから取り出す。


「力を抜いて、自分がまず写すことを楽しんで下さい」


 アズライトを差し出し、助言する。

 その時、カメラを持つハルカの両手が、僅かに緩んだ気がした。


「ハルカさん?」


 硬直したハルカに、ザックは再度声を掛ける。


「……そうよね。あたし、どうやらあなたを意識しすぎてたみたい」


 そしてハルカは語り出す。うまく写す事だけを考えていた、と。

 そればかりか、ザックより素晴らしい写真を写してやろうなどと考えていた事を。


「陰舞さんの時のあなたの写真、ホントに綺麗だった。だからかな、あなたに負けたくない、なんて、バカみたい」


 ハルカは、ふふ、と僅かに笑った。

 それを見て、ザックも笑う。

〝もうだいじょうぶ〟ハルカの笑顔は言っていた。

 後はただ、見守るだけ。

 ハルカがアズライトを手にし、オーラを活性化させていく。

 カメラ内のフラッシュも、それに影響され力を増した。


「二人とも、笑顔笑顔!」


 そして、静かにシャッターが押された――







 チャットルーム。

 そこには、喜々として話すザックと満足げに写真を見つめるハルカが居た。

 写真は、カメラの中でデータとして残るため、それを引き出す必要がある。

 引き出す時だけは、旧文明のデジタルだけではどうにもならず〝思念紙タグ〟を用いて行う必要があった。


「ザック、ありがとう」


 ハルカは改めて礼を言い、頭を下げた。

 そんなハルカに、ザックは始めて自分の写真に対する思いを告げる。


「人を写すということは、その時の、その人が感じてる思いも一緒に写すこと。だから、自分のような生半可な者にはおこがましい事だと思うんです」


 ふと、会話を止め、先ほど自分が写した写真を手に取った。

 しばらく見つめた後、再び口を開く。


「でも、それは結局言い訳だったのかもしれませんね。ある人に会って、そう思えるようになりました」


 今はまだ無理でも、 少しずつ進歩しよう。

 少しずつでも、前へと進むラーソのように。

 今回の経験は、ハルカだけでなく、ザックにとっても新たな一歩となっていた。


「そろそろ列車の時間ですね」


 席を立ち、別れを告げる。

 その後の目的は、互いに深く追求しなかった。

 他人の旅を詮索するのは、お互いの旅が重なった時だけ。旅人とはそういうものだ。


「あたしはしばらくここで一休み。ここであたしを待ってる人が居るの。あたしの大切な人よ」


 近い内に、その大切な人と一緒になりたい。

 幸せそうにハルカは言った。


「なるほど。だからあんなにさっきの馴れ初め話に熱心だったんですね。陰舞さんの時も、それで……」

「あ、そ、そういえばさっきの写真の題名まだ決めてなかったわね。題名は比翼連理(ひよくれんり)でどうかしら?」


 赤面を見せるハルカは、話題を切り替えて来た。

 比翼連理。それは男女の契りが深い事を差す言葉。

 確かにあの写真にはぴったりな題名だった。


「では、いつかまた」


 時間は過ぎ、出発の時が迫る。

 いつまでも、いい写真仲間でいよう。

 そう言いハルカと握手を交わすと、ザックは再び自分の旅路へと戻る事にした。

 熱を持った足で、一目散に列車に向かい、ポケットから取り出した二つの飴で、逸る気持ちを落ちつかせる。

 呼吸を三回。列車に乗り、空椅子に腰を下ろした時に深くする。

 窓を覗く。鮮やかな色彩達が出発を見送っていた。

 それに促され、列車は静かに動き出す。

 ザックは目を閉じ、これからすべき事を思い浮かべた。

 列車は変わらず走り続ける。

 人々と、その思いを乗せながら――

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