10-3
「では、まずは……」
力強い水の流れ、騒ぎ合う人々の声が周りから聞こえてくる。
今居る場所は、モヴァが誇る大河の浅瀬。写真撮影はもちろん、観光目的の者や、釣りという娯楽に興じるために訪れる者も多い場所である。
ここにきた目的は、言わずもがな……
「落ち着いて行きましょう」
ザックの視線の先には、眉をキリリとするハルカ。その手に持つカメラには、一人の若い男が映る。
ザックは、釣りを楽しむ人の中から写真撮影を呼び掛け、ハルカに撮るよう促したのだ。
ひとしきり知識を覚えたハルカには、実習をさせ体に覚えさせるのが一番。
それこそが、授業の次の行程であり、最終課題だった。
見守る先のハルカの表情は、いつになく真剣。シャッターに触れる指からは、気迫すら感じられる。
そして、熱が今、短い機械音と共に放射された。
「や、やった!」
ハルカの、パッと開いた瞳と目が合う。
だが、その目は、カメラの画面を覗いた時、急に光を失った。
ザックは駆け寄りデータを覗く。
そこには、白一色の、寂しい風景が写されていた。
「も、もう一回」
ハルカは落胆より先にカメラを構え、再び撮影を始めた。
二枚三枚と写していくが、結果は全て白世界……
意気込み勇んだハルカだが、これでは心が真っ暗に染まるのも時間の問題だろう。
依頼者も、大分やきもきして来た様で、表情には疲れが見えていた。
(仕方ない、か)
ザックは、依頼者にこちらを向くよう願い出た。
依頼者が振り向くと共に、手に持つカメラを目元に移す。
「リラックス」と依頼者と自身に言い聞かせ、静かにカメラのスイッチを押した。
「報酬は要りません。写真は後ほど引き出して最寄りのチャットルームに預けておきます」
聞いて、依頼者はどうやら納得したようだ。一言礼を言い、再び釣りを興じに戻った。
「さて、一度チャットルームに戻りましょう…… ってどうしたんですか?」
ハルカはなぜか、目を丸くしじっとザックを見つめていた――
*
チャットルームに着くと、早速早速反省会が始まった。
「失敗は成功の元ってやつです」
注文したツチノコーヒーという変わり種のメニューを片手に、ザックは慰めの言葉を送る。
だが、ハルカはどこか上の空。よほど失敗が堪えたのか、さっきも様子がおかしかった事もあり、おせっかいに拍車が掛かる。
「いやその…… 言おうか迷ってたんだけど、ザックって人物写真は撮らないんじゃなかったっけ?」
ハルカのキョトンとした声が返った。
ザックもまた、「あっ」と小さく音を出す。
(そういえば、確かに)
言われるまで気付かなかった…… この事実が、なんとも滑稽に感じられた。
「前にちょっとした事情で人を写した事がありまして…… それが原因ですかね」
以前、ラーソと桜を撮りに行った時を思い出す。
ハルカは、今の話が面白かったらしく、含み笑いを見せていた。
「ザック、前よりだいぶ垢抜けたよね」
妙に和らいだ声に、ザックは途端、指で頬を掻き照れかくし。
「さて、と。あたしもザック大先生に負けないようにしなきゃね」
ひとしきり笑い終えたハルカは、再び熱意を発熱する。
それならば、とザックはやる気に応えるべく、先ほどの撮影で感じた悪い点を、これでもかと指摘した。
話を聞くハルカの瞳は、以前より強く輝いているように感じられる。
今なら出来る。自信が不安を上回った、そんな光が宿っていた。
善は急げ、とばかりに、チャットルームで写真撮影の募集を掛け、依頼が来るのを待つ。
しばらく後…… 男女のペアが、二人の座るテーブルに現れた。
手をつなぎ、親密そうに会話を交わす男女を見、ザックは二人が恋仲であると理解する。
人目を気にせずじゃれあう姿は、恥ずかしいというか微笑ましいというか…… なにも言葉が出なかった。
一方で、ハルカは顔に紅葉を散らし、二人を眺めていた。
だが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
二人から詳しい話を聞き、依頼を受けるかどうか判断する。
「はい。俺たちはこの場所が思い出の地でして。近いうちにアバターをするので、その前に写真をと思いまして」
奇しくも、ハルカと初めて会った時に請け負った依頼と似た内容であった。
がぜんやる気、断る理由はない。ザックは快諾する事にした。
二人が指定した場所は、これまた奇しくも先ほどの河辺。
それでは、いざ出発。
腕を大きく振り回し、ザックは行こうと張り切るが、他の者は会話に夢中で動かない。
事にハルカは、二人の馴れ初め、おのろけ話を頷きながら聞いていた。
待つ方は時間が異様に長く感じるもので、これは体感時間の違いがそうさせるのだろうか……
そんな事を考えながら、ザックは三人を待つ。
(そうだ)
ふと、妙案が一光。
閃く頭をそのままに、瞳を静かに閉じていく。
シンクロ・シティに入った精神は、ある固有周波数を受信し、一人の人物とコンタクトを取った。
『オーラの基本色が赤色の人に、最適な石ですか?』
ラーソである。
『そうですね、今日の場合はアズライトがいいですわ』
突然のコンタクトに、しどろもどろであったが、適切な答えが返ってくる。
ザックは礼をし、小さく笑う。
「なにか変なことでも?」と直後にラーソ。
「いえ、なんか会った時よりも占いが生き生きとしてる気がしまして、何て言うか、素敵です」
ラーソは、ザックに会って以来、否定的だった多数占術を積極的に行うようになっていた。
その甲斐あってか、低迷気味だった個人占術も順調らしい。
その成長が、ザックには嬉しく思えたのだ。
『自分の事のように喜んでくれるザックさんも、素敵ですよ』
そう言い、可愛らしく笑うラーソは、ザックを少し赤面させた。
今日は色んな人に笑われる…… そんな事を考えながら、ザックは瞳を開け、シンクロ・シティを抜けた。
「すっかり話し込んじゃった。そろそろ行きましょうか」
ザックが帰った時、丁度ハルカ達も会話を終えたようだ。
いそいそと出発の身支度を始め、ザックにも準備を急かす。
待っていた身としては苦笑いものだったが、ともかく準備は整った。
再度気合いを入れ、いざ行かん。
依頼を受けてから一時間。目的地の河原に着くのは、さらに一時間後の事だった――
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