8―2

 地下空洞へはすぐに着いた。

 ヤーニの言うように、内部通路は迷路のように入りくんでおり、圧倒的に広かった。

 その昔、水不足時に雨を貯蔵する目的だった場所というのも納得できる。

 幸い、地下とはいえフォトンエネルギーが充満している為、視界は良好。そのうえ普段は入れない場所だけに、建築状況も良好だった。探索は、思いの外簡単に行きそうだった。

 しかし、マティスは疑問に思う。

 シントには何度か来た事があるが、ここの存在は初めて知った。そんなレアな場所に、荒らしが出るのは不思議だったのだ。

 思考に支配されぬよう、荒らしの気配を探り歩く。


 中に入り既に二〇分。緊迫した状況だったが、明日駆だけはマイペースに今日の〝マゼンタプレート〟での戦果を話していた。

 これまで三人一組を絶対としてきたため、今日のような個人活動は新鮮だったのだろう。


「あれだけの力がいつでも使えたら、もう俺一人で十分かも、な……」


 明日駆の興奮した声が、急に弱々しくなる。

 視線はネムを向いていた。

 珍しく強張ったその表情に気押されたらしい。


「これから一人でやりたいなら勝手にしろ。その方が静かでいい」


 マティスもまた、声を重く言い放つ。

 明日駆の舌打ちが、虚無の空間に広がった。


 張り詰めた空気の中、ひたすら歩く。

 長い通路が今、終わりを迎えた。

 代わりに、だだっ広い空間に入り込む。

 ここがかつて雨水を溜めていた場所なのだろう。所々に立つ柱が、遺跡のような尊厳さを与えていた。


「ここ…… なんか雰囲気が変。荒らし、の影響かも」


 ネムの呟きが大きく響く。残響が終わらぬ内に次の行動が始まった。目を閉じ、未来予知である。

 数分掛けそれは終わった。だが……


「なんか変。なにも見えない」


 マティスは一驚を喫する。

 戸惑いを隠せないでいるネムを見、更に息を呑む。

 未来予知はその名の通り、予想などではなく未来を見る行為。

 それが出来る者は〝別の可能性の未来〟を覗くというミスはあっても、なにも見えないという事はあり得ない。なにかがおかしいのは明白だった。

 マティスは、うるさく騒ぐ明日駆を黙らせ、ネムに一つ指示を出す。


「過去の方はどうだ? ここでロード達がなにか細工でもしたのかもしれん」


 あらかじめ空間に生体磁場(オーラ)を撒き散らし残留させれば未来予知の妨害は出来なくはない。

 しかし、それで参るほどネムは未熟ではない。


「やってみる」


 息を切らし、ネムは指示に従った。


 過去の透視は、未来予知の原理で行われる。

 使用者によって実行時間はまちまちだが、ネムの場合、平均より早めの、数分間。

 気合いが入ってか、今回はいつもよりも早めにそれは終わった――







 始めに見えた光景…… それは自分達も通った狭い一本道を歩くロード達だった。

 自信が足元に表れた、軽快な歩きで彼らは歩く。

 通路も終わり、いよいよ広間に着く。と、真予はなぜか立ち尽くし、その場から動こうとしなかった。


「なんか、ここの中心辺り…… イヤな感じがする」


 ロードは、豪快に笑う。真予の肩を叩くと「臆病風に吹かれたか」と言い、茶化した。

 それがやる気を出させたのか、真予は眉を上げ、勢い勇んで広間の中心へと向かった。


「なんか変じゃない? 荒らしとは違う気配が……」


 と、その時だった。


「待ってたよ。ここなら誰にも邪魔されない」


 突然、響いた若い男の声。

 その声に、ロードが反応を示した。


「あんたは、まさか……」


 途端に拍手が鳴り響いた。

 ロードは手にした長剣を、柱の影、音がする方へ向ける。

 そこからスッと姿を見せる者は、


「そんなの向けられちゃ怖くてなくも言えないよ」


 依頼者ヤーニだった。


「アニモーションってのをちょっと前に見てね。そしたらこんな待ち伏せシーンがあったんだよ。僕も真似したくなってこうやって手を込んでみたってわけ」


 ロードは手にした長剣をそのままに「どういう事だ」と叫びをあげる。

 対する先には、からかうような不気味な微笑。

 その姿は、初対面時のひ弱な印象とはかけ離れたものだった。


「てなわけで、荒らしなんてここには居ないよ。全ては君をおびき寄せるためさ。"ワンダラー"さん」

「……意味が解らんな。ともかく、荒らしが居ないんじゃここにいる意味はない」


 ロードが真予の手を取る。

 が、すぐにハッとしたように、手を離した。


「おい、どうした!」


 その手がかすかに震えている事が、驚きだったらしい。


「あなた…… 何者?」

「僕は、君のようなワンダラーを駆除するよう設定された〝タルパ〟さ」


 震える真予の声に被せるようにヤーニは言った。

 そして右腕を肩の位置まで上げ、掌を上に向けた状態で伸ばす。

 すると、掌の上に光が現れ、そこからタグのような文字が浮かび上がった。


《〈a href="http://all" vibration="select" viblength="10"〉 〈/a〉》


 それを見た途端、真予が張り裂けんばかりの声を上げた。


「逃げて! ロード――」







 過去の透視を終えたネムは、肩を落とし、うつむいた。

 最後に見た光景…… それは、ロードを庇い、もろとも消えていく真予の姿だった。


(……バイブレーションタグ。使える人が居たなんて)


 呟き、唇を噛む。

 そして畏怖する。覗き見た凄まじい力に、ロード達を狙った目的の不可解さに。


「……説明するより、直接見せた方が早そう」


 ネムは、見た光景をチャンネル思念化しようと提案する。

 しかし、さすがにここでという訳にはいけない。

 安全な場所まで行き、そこでゆっくり事を成す。動向はそれで決まった。

 ともあれ、現段階でもはっきり解ることがある。

〝ワンダラー〟そして〝タルパ〟

 聞き慣れない言葉を使うヤーニは、明らかに普通ではない。


「直ぐにここを出るぞ」


 マティスの決断に、小さく頷く。

 足早に、慎重に…… 警戒しながら、不気味が広がる空間を後にした――

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