7ー2

 世界は揺れていた。

 クレロワによる大々的なチャンネル思念は、一週間が過ぎた今でも常に話題の中心だった。

 サフィームに書かれた事実を信じ、先にある進化の可能性を肯定する者、また否定する者。望む者、拒む者。

 人々は各々の意見を持ち、ある意味では活気がある状態と言えるだろう。


 ザックが今いる街、ファンクスのチャットルームも、この話題に事欠かなかった。

 だが、騒ぎの中に身を置くザックは、周りの会話には参加しない。一席のテーブルをじっと眺めていた。


《 (∵) 》


 テーブルの上に浮かんだ謎のチャット文字。

 この独特の雰囲気に、おもわず笑む。


「……今度はなんて意味があるんですか?」


 ザックは、テーブルに静かに座る、長い黒髪の女性に話し掛けた。


「これは、わたくしのシンボルマークです」


 ラーソ、である。

 いつもと変わらぬ様子で、独自のセンスを披露する。

 早速、相席。あいさつの傍ら、コーヒーを注文する。

 ザックはもうじき用事があるためここを去る予定だった。

 その間、待ち合わせをしてまでラーソと会ったのは、旅立つ前に会話をしたかったからである。

 ラーソとは、今では最も顔を合わす仲。だが、そんな間柄でも、自分達の趣味や特技のことは未だによく解らない。


 今日はその話題で会話が弾んだ。事に、ラーソの特技である占術の話で盛り上がる。

 初対面の時に色々聞いていたが、改めて聞く占いの話は、好奇心を刺激した。


「オーラはこれまで経験した感情を、一定のリズムで記録する特徴があるっていうのはご存じですか? 喜怒哀楽、全てのリズムは異なります。オーラリズムと言うのですが、これは指紋みたいなもので、同じリズムは存在しないんです」



 ――占術は、占う人の過去と未来のオーラリズムを読みとり、過去と同じ様なリズムが未来にあるかを調べ、照らし合わせる技術である。

 例えば、対象者が過去に「知人を亡くす」という悲しい出来事に遭遇していたとしよう。

 その時のオーラリズムと同じ様なリズムが、未来にもしあったのなら、近い将来知人を亡くす悲しい出来事が起こる、といった具合になる。

 オーラリズムの読み方は人によって様々で、道具(さいころ等)を用いて行う者、また宇宙に無数に点在する星から流れるエネルギーの力を借りるなど、にわかには信じがたい方法もある。



「わたくしの場合、これで占います」


 タロットカード、という道具をラーソは得意気にポケットから取り出した。

 パッチリとした両目が、ゆっくりと閉じられる。

 それが再び開いたのは、すっかり温くなったコーヒーをザックが飲み終えた時だった。


「ザックさん、あなたは近々思わぬ対面があることが予想されますわ」


 占術を終えたラーソは、深く息を吐き、力を抜いた。


「ずっと以前、とても大きな、自分にとって機転となる出会いがありましたね? その時のオーラの揺れと同じ様な揺れが、近い将来のザックさんから感じられました」


 聞いて、ザックは舌を巻く。軽い気持ちで占って貰ったものから、思わぬ結果が舞い込んだ。


「当たるも八卦、当たらぬも八卦、楽しみです」


 冗談めいて言ってはみたが、首をかしげるラーソを前にし、苦笑い。

「ことわざというやつです」と言及し、その場を取り繕う。

 内心では、感心していた。

 これまでも、少なくではあるが占術師とは関わったことがある。が、中でもラーソの技術やスピードは中々のものだったのだ。


「ラーソさんが苦手だって言う多数占術は、やり方は違うんですか?」


 ザックの問いで、場は完全に占術の話で染まっていく。


「ザックさん、なんとなく『今日はいいことがありそうだ』って思う時がありません? それは、自分でも気づかない内に、自分の過去のオーラリズムを読みとって、未来のリズムと照らし合わせているから起きることなのです。それを手助けするのが多数占術の方法です」


 だが、所詮手助けであるため、一対一で占う方法より精度は劣るらしい。

 当たる確率は、さしずめ占術師の実力次第と言ったところか。 


「流行しているだけあって、運勢飴は見事なもので、今のわたくしの目標ですわ」


 注文した三杯目のコーヒーを口にし、楽しく話が咲いていく。

 苦味を全て飲み終えた時、ザックは過ぎた時間の長さを知る。


「今日はありがとうございました」


 タグをチャットし、出発に備える。

 今回の移動目的は、旧友に会うため。いままで会えない状態であったが、今日、知らせが届いたのだ。

 

「では、お気をつけて」


 ラーソの声と同じタイミングで、机に光が広がった。

 聴覚、視覚が、次第におぼろげになり、身は暖かさに包まれる。

 外とは完全に遮断された空間…… ザックはそのまま、光が消えるのを待った――

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