5ー2

 湖畔の森の入り口。ザック達が歩く中、時を同じく、そこにも賑やかに歩く者達がいた。


「……だいたい一時間前。わたし達より早く、ここに来た人達が居る」

「同業か? なら急いだ方がいいってわけか」


 眠そうな表情の女性、腕を回しストレッチをする男、そして、


「さっさと行って終わらせるぞ」


 一人ずんずん進む男。


 ネム、明日駆、そしてマティス。

 世界的に名の知れた、旧文明遺跡探索実行隊の三人である。

 だがその一行に、見知らぬ少女が加わっていた。

 肉体年齢十七歳前後といったところか。幼さを残しつつも、凛としたその表情は、わずかに大人の雰囲気を覗かせていた。


「ほんとに浄化、出来るんでしょうか?」


 マティスは、少女の呟きを背中に受ける。

 荒らしの浄化。その依頼を少女から受けたため、一行は湖畔に来ていた。


 この少女と出会ったのは、丸一日前。郊外のチャットルームでくつろいでいる時だった。

 少女が突如、街の者も知らない荒らしの情報を提示し、さらに浄化の依頼を始めたのだ。

 結果的にマティス達は乗ることにした。そして今日、善は急げと依頼を果たしにやって来たのだった。


「でも、ほんとにいいのかい?」


 前を進むマティスに、風に乗った明日駆の声が届く。

 少女が持ってきた重要な情報…… それは、荒らしの正体、そして留まり続ける動機だった。


「はい。弟が〝夜〟に湖畔に行って戻らないまま数ヵ月…… きっと苦しいでしょうから、せめて楽に」


 少女の消え入りそうな声に、マティスは一旦歩を止めた。


「夜にだけ咲く花を取りに、だったか。まだお前さんの弟が荒らしと決まった訳じゃないが…… 無謀な事をしたものだ」


 振り向いた先に、涙ぐむ少女。そして同じく、いやそれ以上に涙を浮かべる明日駆が居た。

 マティスはなにも言わず正面を向き直す。無意識に、口元から息が漏れた。

 フォトンエネルギーが低下する危険な現象〝夜〟

 その時にしか咲かない花、ブリザードフラワー。

 マティスは知っていた。ブリザードフラワーを取りに行き荒らしとなった者が多い事を。また、そういう者ほど面倒な事を。

 それを告げようとしたのだが、少女の更に後ろ、訴えかける様な目付きのネムを見、言うのをやめた。

 要らぬ情報で、要らぬ軋轢(あつれき)を生みかねない。

 荒らしと会うまでは面倒を省きたいマティスは、押し止めをしたネムに感謝しつつ、いっそう歩を進めた。


 風が、光を乗せて来る。

 フォトンエネルギーの強弱が、七色を帯びた輝きを演出していた。

 三〇分ほど先頭を歩くが、後ろは変わらず騒がしい。

 といっても、明日駆の声ばかりが目立つのだが。


「なるほど、君は占術師志望だったのか」

「はい。わたし、裁縫とか好きで、それを生かしたファッション占い、なんて考えてて」

「ファッション占い…… 意外にやる人少ないし、いいかも」


 今まで黙っていたネムも、少女の話に興味を持ったようだ。



 この世界の衣服は、思念紙(タグを使いフォトンエネルギーを紙状に凝固したもの)を素材に作られている。

 思念紙を裁縫師に持ち込み、縫製された衣服をまとう。すると、着衣者のオーラに反応し、さながら皮膚のようにフィットするのだ。

 衣服は体調やオーラ、精神の揺らぎに深く関わり、耐久性もそれにより変化する。

 以上の特性を鑑みれば、占術との組み合わせは良好と言える。



「しかしなるほどな。君の衣装は自作だろ? 独創的だと思ってたんだ」


 少女は、上着とスカートが一体になった衣服を纏っていた。

 それは女性にはポピュラーなファッション。

 だが、少女が纏うのものはスカート丈が大分短かった。

 衣服は、無意識に漏れる自身のオーラを体に留める効果があるため、多くの者は体のラインがあまり出ない品を纏うのだ。


「へ、変ですかね。でも、オーラを留める効果ってあまり意味ないって話もあるんです! だからこういうのもいいかなって」


 慌てる少女の声は、恥ずかしさの表れか。

 となれば、すぐに慌てた明日駆の詫び言が来るだろう…… 一部始終を聞いていたマティスはフッと笑う。


「あ、変ってわけじゃ……」


 明日駆の声が聞こえた、その時だった。


(ん……)


 マティスは異変を察知する。

 視線を前方そのままに、後ろの仲間に右手で合図を送る。

 皆はすぐに動きを止めた。

 茂みを揺らす音が耳に。甘いような、もわりとした重苦しい臭いが鼻に来る。

 刹那、右側の茂みから一体の巨体が唸りもせずに現れた。

〝ガゼカ〟である。それは鋭い爪を持った豚に似た獣。

 二本足で立ち上がり、ガゼカは腕を振りかざす。

 ようやくあげた唸り声が、敵意となって押し迫る。

 しかし、決着はすぐに付いた。

 マティスは、ガゼカの爪を右手で受け、がら空きになった胸元へ左拳をめり込ませる。

 巨体はその一撃で地に伏した。

 クリスタルであるマティスにとって、猛獣は荒らしより扱いやすい存在。まるで相手にならないのだ。


「さすが、俺の出る幕が無かったな」


 口笛を吹かす明日駆を無視し、少女の方を確認する。

 赤い光の壁が少女を覆っていた。怯えてはいたが、特に心配は無さそうだ。

 なにより、少女を囲む赤い光の壁〝ウォールタグ〟が、安全を確実なものにしていた。


「ネム、さすがだな。鈍い明日駆とは大違いだ」


 マティスはニヤリと言葉を送る。

 その声を、一方は微笑し、一方は目を泳がせて受け取っていた――


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