第9話 初めてのボス戦なのです。
扉に手を触れると何の抵抗もないのに反し大きく軋む音を立てながら重々しく開いた。
「あれが山盛りスライムよ。」
丹澤慶子が部屋の奥に鎮座するモンスターを示した。なるほど、姿形はザコ敵スライムと同じだが、サイズは高さ2メートル、幅5メートル程ある。みんなは思った「山盛りだな~」…と。
「先生。『山盛りスライム』ってセンスのない名前、誰が付けたんですか?」
致命的精神ダメージから奇跡の復活を遂げたタマが健気にも聞いた。
「元々はビッグスライムだったんだけど、SNS や雑誌、メディアの影響でいつの間にか定着したのよ。センスがないのは誰かと聞かれたら日本国民としか言えないわね。」
「なんか…すいません。」
「行きます…。」
フェミちゃんが腰を落とし槍を構える。ヤル気満々だね。
山盛りスライムもこちらには気付いているらしく体内のうねりが激しくなっている。
「一発遠距離入れときますね。」
ハンクスが炎の精霊を呼び出し山盛りスライムにぶつけると苦しむ様な反応を見せた。
「効いてる…。もう一発…。」
ハンクスが詠唱を始めようとした瞬間、巨体に似つかわしくない速さで山盛りスライムが突進してきた。
「危ない!!ハンクス君、不用意過ぎる!」
口出ししないと宣告した丹澤慶子も思わず叫んだ。
陣形を整える隙も与えられずフェミちゃん、メガネ、ハンクスが宙を舞った。タマは思った…風のなんとかのナウなんとかでデッカイ虫の大群にはねられるナウなんとかみたいだな…と。
「いった~い…。」
「ごめん…みんな…。」
「ハンクス君…かんべんしてよ…。」
珍しくメガネがぼやく。おとなしいメガネをイラつかせるとは…ここまでくるともう才能と言っても過言ではないだろう。
縦断した山盛りスライムはゆっくりと方向を変えこちらに向き直った。スライムに前後があった事に衝撃を覚える。誰がって?俺だよ。作者だよ。
「また来るよ!!ハンクス君回復お願い。メガネ君は回復するまで私の後ろに!!『堅固』で守りを固めて食い止める!!」
いつの間にかフェミちゃんがリーダーになってるね。まぁ当然と言ったら当然か…。
「か…回復…。」
ハンクスがもたつく。やっぱり腹立つね。
「タマ君。今あなたが出来る事は何かしらね。」
腕を組み石壁にもたれ掛かりながら丹澤慶子が語りかける。
「何もないですよ。」
「そうかしら?あなたの体力ならボスの攻撃2発は耐えられるわよ。」
「それは囮になって時間稼ぎをしろって事ですか?」
「はっきり言えばそうだけど、強制はしないわ。あの3人が死んだら私が倒してあなただけ報酬を得るだけよ。」
山盛りスライムの第二波をフェミちゃんが苦しそうに受け止めている。回復は間に合っていない。
「……それは、嫌ですね…。行ってきます。」
シリアスな雰囲気でボスに向かうタマ。背後に近づきヒノキの棒でツンツンつつく。
「いや~山盛りスライム先輩。この感触たまりませんね。一見柔らかそうなのにこの弾力!!ああ気持ちいい…。ツンツン…。」
山盛りスライムの動きが止まる。フェミちゃんが圧から解放されガクリと膝を着いた。
「先輩!!こっちっす!!こっちに山盛りスライム先輩の大好物のわらび餅があるっすよ!!」
何キャラだタマ?
わらび餅につられたとは思えないが山盛りスライムはタマに向かって移動を始める。徐々に加速しタマに突進して行った。
「タマ君…。ありがとう…。」
「タマちゃん……あっ…回復!!」
回復精霊がみんなを包み込む。回復するや否やフェミちゃんとメガネは山盛りスライムを追う。
「怖い怖い怖い!!」
タマは叫びながら全力で逃げる。先程はねられた3人の映像が頭をよぎる。その映像のバックにはランランランララランランランと風のなんとかのナウなんとかでお馴染みの曲が流れている。ああはなりたくない一心で走る。
「『連撃』!!」
「『スラッシュ』『スラッシュ』『スラッシュ』!!」
追い付いた2人がスキルを放つ。後方からはハンクスが回復精霊で援護している。山盛りスライムがピタリと止まる。
「間に合った…。タマ君大丈夫!?」
フェミちゃんがタマに声をかけるがタマはヒューヒューと変な音の呼吸をしながら今にも倒れそうだ……あっ、倒れた。
「フェミちゃん!!畳み掛けよう!!」
メガネの大きい声初めて聞いた。
「う…うん。」
止まった山盛りスライムが縦に長く変化を始める。攻撃を繰り返しても変化は止まらない。
「やっぱりまだ早かったわね…。」
丹澤慶子が誰に言うワケでなくぼそり呟いた。
天井近くまで伸びた山盛りスライムの内部に大量の気泡が沸き立つ。「何か来る」と思う前にそれは襲いかかってきた。4人は避ける間も防御する間もなく倒れた。
「……全滅決定ね。残念。」
丹澤慶子が敗戦処理の準備を始めようとする。
「え~と……『アカラナータフレイム』」
「え?タマ君?」
山盛りスライムが深紅の炎に包まれ崩れていく。やがて灰になり跡形もなく消えた。
呻き声を上げながらフェミちゃん、ハンクス、メガネが立ち上がった。タマは茫然としている。一様に何が起こったのか理解出来ない様子だ。
「何?今の…。」
メガネが山盛りスライムがいた場所におそるおそる近づいて行く。
「倒したのかな?倒したんだよね?」
「タマ君が何かしたような…。」
フェミちゃんがタマに視線を送るが当のタマは今だ無反応だ。可愛い女の子に見つめられるなんてお前の人生そうはないのにもったいないぞタマ。
「今のは間違いなく『アカラナータフレイム』だったわ…。何でタマ君が…。彼の職業『うっかりさん』て何なのよ…。」
5人の体は発光し、ボスの部屋から消えた。こうして第5ダンジョン部の初ダンジョンは見事制覇となった。何かしっくりこないけど勝ちは勝ち。『うっかりさん』とは一体何なのか?
次回、タマが殴られます!!つづく!!
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