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 夏はじっとノートパソコンを見つめている。澪からの返事を待っているのだ。でも、白いクジラはなにも答えてくれない。ずっと沈黙している。(本来魚は言葉を持たない。だからそれは異常なことではない。澪が人の言葉を喋れることが異常なのだ。……それは理解している)でもドアは開いた。それは研究所を管理している人工知能プログラムであるシロクジラ、つまり澪にしかできないことだ。……だから、これは澪なのだ。澪が私のために、ずっと開かなかったドアを開けてくれたんだ。

 夏は今、自分の目の前で起こっている現象をそう解釈した。

 ……澪、ありがとう。大丈夫。私はもう大丈夫だよ。澪の助けは無駄にはしない。絶対遥を助けてみせる。今ここであなたにそれを約束するね。夏はノートパソコンの画面に自分のおでこをくっつけて、言葉をしゃべらない澪に向かって、自分の思いを伝えるために、手紙を書くようにして思考する。

 そうしてさ、すべてが終わったらさ、澪も一緒に外にいこう。みんなで一緒にここを出ようよ。こんな場所、捨てちゃおうよ。地下とかさ、世界の果てとかさ。そんな場所いらないよ。

 それでさ、今度私の家に遊びにきて。私の部屋で私と遥と澪の三人で遊ぼう。絶対楽しい。澪もそう思うでしょ? そこまで考えて夏はにっこりと一人で笑う。(夏の脳内には、三人がゲームをしながら楽しく遊んでいる風景が描写されている)

 澪の大好きな外の世界。憧れている世界に私たちと一緒に旅立とう。そうすれば今日は私たちの記念日になるよ。みんなが新しく生まれ変わる記念日。(そういうのってさ、素敵でしょ?)

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