146

 夏はベットから床の上に降りると、そこでうーんと背筋を伸ばした。

「おはよう、遥」夏が言う。

「おはよう。よく眠れた?」遥が言う。遥は椅子に座っている。部屋の中にある丸い形をしたテーブルの上にはコーヒーのセットが用意してある。

「先に寝たのは遥でしょ?」そう言って、夏が椅子に座ると、遥は夏のカップにコーヒーを注いでくれた。とても嬉しい。夏は思わず泣きそうになる。夏はコーヒーに角砂糖を二つ入れて、銀色のティースプーンでかき混ぜる。

 ……そっか。私寝ちゃったんだ。どれくらい寝ていたのかな? 夏はいつもの癖で数字がバグってる腕時計を見て時刻を確認しようとする。

 あれ? 数値が直ってる? すると数値がなぜか正常な値を示していた。その数値がもし正しいのだとしたら、二人が照子の部屋に移動してから、だいたい二時間くらいが経過している。

「部屋まで運ぶの、大変だったんだよ」

「運ぶ? 運ぶってなにを?」

 夏の問いに遥はその指先を夏の顔に向けた。それはつまり眠っている夏自身を、遥が一人でこの部屋まで運んだということだ。夏は驚いて目をぱちぱちさせる。

「どうやって運んだの?」コーヒーを一口飲んでから、夏が聞く。

「夏、自分の足で歩いてここまできたんだよ。もちろん、肩は貸したけど」にっこりと笑いながら遥は言う。それから遥はコーヒーを一口飲む。

 遥はコーヒーカップを両手で包むように持って、コーヒーを飲んでいる。学園にいたときによくしていた、遥のわざとらしい、おしとやかなお嬢様の演技をしたコーヒーの飲みかただ。

「覚えてないでしょ?」まったく記憶になかった。

 夏はカップに口をつけながらこくんとうなずく。

 遥はそんな夏のことを、カップに口をつけながら、上目遣いで見つめている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る