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「だめよ。集めてきたデータ全部吐き出して」パソコンのキーボードを叩きながら遥は言う。澪はディスプレイから移動して、テーブルの上にある、遥の操作しているパソコンの画面の中に移動する。澪は口からいろんなものを吐き出している。どうやらデータの受け渡しをしているようだ。
「すごい。本当に画面の中で生きてるみたい」夏は言う。動きも会話も自然だ。夏の知っている人工知能とはまったく違う。現在の技術ではハードとしてなら人間をほぼ完璧に模倣できる。人間タイプのアンドロイドはもちろんだけど、他にもロボットとして動物だって昆虫だって細菌だって作れる。植物も模倣できる。夏も子犬型のロボットをペットとして飼っている。ペットというよりはおもちゃだろうか? 生きているわけではないのだから。それでも愛着があるし、壊れてしまったらとても悲しい。それは嘘ではなく、夏の本物と呼べる感情だった。物質としての肉体は完璧なのだ。
……でも、心は生み出せない。その生み出せないはずの心を、夏は澪の中に感じている。それが少し怖かった。残留思念。ここではにどこかで、ぽちゃんと魚の跳ねる音がした。
人工知能は生命ではないが、とても生命に近い存在として社会に定着している。それでも会話をすればすぐに人間じゃないことがわかる。人工知能の力が弱く、人の感情が表現しきれていないからでもあるし、また人工知能を開発、販売している企業はあえて、人との差別化を図っているという二重の理由からそうなっている。感情がないためよく観察すれば外見からでも判断ができる。人間と見分けがつかない、人形のようなものだ。
でも、シロクジラは違った。遠慮というものがまるでなかった。全力で技術を詰め込んだ。それが社会に与える影響なんて微塵も考慮していなかった。絶対に不可能だと思われている心の開発に遥は成功している? いや、成功しようとしている? ……その過程にある?
少なくとも現在の段階で、もし白いクジラの映像を見せられないで、声だけでコミュニケーションをとっていたら、間違いなく夏は澪は人間だと判断しただろう。それくらい、会話にまったく違和感がない。実は夏は今でも本当は澪という人間の少年がこの部屋のどこかに隠れていて、マイクに向かって言葉をしゃべっているのではないかというトリックを疑っているくらいだった。もしここが木戸遥の支配する木戸研究所の建物の中でなかったら、(プログラムを書いたのが遥本人でなかったとしたら)実物を見せられても夏は信用しなかったかもしれない。
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