105

 ガラスの向こう側に一人の女の子が座っている。視線は空中をさまよってどこを見ているのか、よくわからない。

 真っ白な部屋。真っ白な髪。真っ白な肌。真っ白な服。唯一白色ではない瞳の色は透き通る夏の空のような青色。もしくは深い海のような青色。人工的に作り出された新しい元素のような見慣れない青色。とても重たい色。その異質な青色の大きな瞳が一対の稀に見る貴重な宝石のように、印象的できらめくような輝きを放っている。その色は見つめているとその内側に吸い込まれてしまいそうになるほどに美しい。夏はその瞳に中に吸い込まれないように、その大きな重力に気をつけながら、照子をじっと見つめている。すぐ横には遥がいる。遥は椅子に体育座りをして座っている。遥もじっと照子を眺めていた。

 ……夏は、少し意外だった。それは照子のことだ。こうしてガラス越しに照子をじっくりと観察してみると、(あれほどの恐怖を感じたような、夏の内側にいる悪魔のような姿をした照子とは全然違って)、あんまり怖い子には思えなかったのだ。真っ白で、優しくて、無垢で、なんとなく儚い感じのする、……照子はそんなドームの外に降る雪のような女の子だった。相変わらず照子はお人形さんみたいに行儀よく椅子に座っている。その小さな両足は床に届かず空中でかすかに揺れている。照子は優しい顔をしている。わずかな表情の揺らぎの中で安らかな笑みを浮かべたような顔をしている。照子は確かに小さく笑っているように見える。

 夏の知っている、あの長い前髪で目を隠しているとても怖い感じのする悪魔のような女の子と、今ガラスの向こう側で椅子に座っておとなしくしている照子と言う名前で呼ばれる天使のような女の子は別人のように思えた。

 この木戸研究所を訪れて、初めて照子を見たときにも思ったことだが、相変わらずガラスの向こう側にいる照子は、まるで天使のように美しい。いつの間にか夏の目の前で、天使が悪魔に変わり、それはまた、いつの間にか悪魔から天使に変わってしまった。照子は見るたびに、その印象がころころと変化する。しかし油断はできない。天使はいつでも堕天して悪魔に変わるものだ。天使は悪魔になり、一度堕天した悪魔は、もう二度と天使の姿には、戻らない。つまり今の姿は擬態ということになる。でもとてもそんな風には思えない。今、この場所にいる照子は確かに天使だ。……悪魔が天使に戻る、なんてことが実際に起こるのだろうか? 神様は堕天の罪をお許しになったりするのだろうか? 夏の思考はとっぴしている。そして永遠に答えにはたどり着かないことも理解している。

「お誕生日、おめでとう」遥が照子に話かける。声は、届いてはいないだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る