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 どん、どん、とドアを叩く音。

 がり、がり、とドアをひっかくような音。

 その音を最後にドアの向こう側の気配が消えていく。夏の耳に足音が聞こえてきた。ぺた、ぺた、という小さな足音。ゆっくりと移動していく。どうやら研究所の入り口のある方向に向かって移動しているようだ。……そのまま外に出るつもりなのか? おかしい。照子は外の環境では生きていけない体のはずだ。

 ドアの開く音が聞こえた。入り口側の区画に移動したのか、そのあとはなんの音も聞こえてこない。照子の気配はなくなった。夜の中に静寂だけが残された。

 夏は静かに拳銃を下ろした。

 体がほとんど動かない。固まってしまった。

 ……大丈夫。落ち着いて。……ゆっくりと、呼吸して。夏は次第に、落ち着きを取り戻していく。

 それから夏は四つ足の動物のように床を這って、遥のいるベットまで戻ろうとする。遥に会いたい。夏は強く思う。遥の横で安心して眠りたい。

 夏はとてもたくさんの時間を使って遥の眠っているベットまでたどり着くが、そのときになって自分がまだ左手に拳銃を握ったままであることに気がついた。

 こんなものを持って遥のいるベットの中には戻れない。夏はその拳銃を手放そうとする。でも、自分の左手からどうしても銀色の拳銃が剥がれない。

 とくに左手の人差し指は銃の引き金のところで完全に固まってしまっていた。

 夏は固まっている左手の人差し指を震える右手を使ってゆっくりと拳銃の引き金から引き離していく。その作業が終わると今度は拳銃を握っている左手を無理やりに開かせる。

 かなり時間がかかったが、拳銃を左手から引き離すことに成功した。それから夏はすぐに拳銃をリュックサックの中に押し込んだ。奥の奥のほうに、見えないように押し込んだ。

 その瞬間、夏はなぜか理由のわからない急激な眩暈に襲われた。

 あれ? どうしたんだろう? 意識が遠くなる。あ、だめ。まだだめ。だってまだ、私は遥のところまでたどり着けていない。だからまだ、だめ。ここじゃだめ。私は、遥と、一緒に……。

 夏の体はゆっくりと床の上で横になる。体は重い。まったく動かない。自分の体じゃないみたいだ。夏は意識を保とうとするが、それは儚い抵抗だった。夏はそのまま、床の上で意識を失った。

 もうなにも感じない。もうなにも考えられなかった。

 夏が床の上で意識を失ったその直後、ずっと眠っていたはずの遥がベットの上で体を起こした。遥はそこからじっと床の上で倒れている夏の姿を観察する。夏はまるで死んでしまったかのように動かない。疲労と緊張が限界に達していた。

 遥はベットから抜け出すと、そのまま歩いて通路側に通じているドアの前まで移動した。遥がドアの前に立つと、とても簡単にドアは開いた。そのまま遥は一人で自分の部屋を出ると、照子が消えていった入り口側の通路に向かって歩いて移動していった。

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