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夏は思考を切り替えて、次に大人と子供について考えてみる。
大人と子供の距離は近いようで、とても遠い。今を変えることができるのは大人ではなく子供だと夏は思う。でもその子供もすぐに大人になる。子供に残されている時間はとても少ない。夏自身もそうだ。私は大人だろうか? それとも子供だろうか? 社会的に見れば間違いなく夏は子供だろう。では夏と同い年の遥はどうだろうか? 天才の彼女もまた子供なのだろうか? 私はいつになったら大人になれるのだろうか? それは強制的に行われるシステムなのか? それとも努力によって掴み取るものなのか? そもそも大人とはなんなのか? 子供とは本当にこの世界に存在しているのだろうか?
遥は子供で私も子供だ。でも私と遥とでは同じ子供でも(おそらくその)意味が違う。では、定義を変えて、(あるいは時間を数年、進めて)遥は大人で私も大人だとする。でも私と遥とでは同じ大人でも大人の意味が(やっぱり)違う。
遥は成熟を拒み、未熟のまま年をとり、成長する。私は自分の意思に反して成熟し、ただ腐って大地の上に落下する。とても汚いものを大地の上にぶちまける。潰れたトマト。腐ったリンゴ。粉々に砕けたスイカ。それが瀬戸夏の正体だ。本当は遥と一緒に居る資格なんて私にはないのだ。
ポジティブな思考から振り子のようにネガティブな思考に夏の心は揺れる。夏は自らの(精神の)バランスをとるために、思考を強制的にストップさせた。
夏は遥の膝の上に置かれているノートパソコンの画面を覗き込んだ。すごい速さで画面がスクロールしている。
遥は真剣な目つきで画面を見ている。指は一瞬も止まらない。仕事中の遥はとてもかっこいい。研ぎ澄まされた天才の思考が夏の心にとても心地のいい風を運んでくれる。その風を感じながら、夏はコーヒーを一口飲んだ。
たとえばもし遥が世界征服を企んだらどうだろう? 成功するのだろうか? さすがに無理かな? 遥の本当の価値はどのくらいん大きさなんだろう? 遥よりも頭のいい人間がこの世界に存在するのだろうか? そんなことを夏は考える。
しばらくすると列車の速度が徐々に遅くなっていくことがわかった。どうやら地下の駅に着いたようだ。まだ完全には止まっていない列車の中で、ずっと動いていた遥の指がぴたっと止まる。
どうしたのかな? と思い夏は遥の顔を見た。すると遥も夏の顔を見つめていた。
「どうしたの?」夏はカップの中に残っているもうぬるくなってしまったコーヒーを一気に全部飲み干そうとした。
「夏。今日は一緒のベットで寝ようか?」
急にそんなことを言われて夏は思わず、コーヒーを吹き出しそうになる。
やっぱりあれかな? キスしたからかな? 夏の顔は自然とにやけそうになる。でもそれをかろうじて夏は堪える。落ち着け。落ち着くのだ、私。
うん。遥の言う通りだ。せっかくこんな辺境まで来たのに、せっかく遥が隣にいるのに、私は寝袋になんてくるまってる場合じゃない。そもそも、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。いや、きっとない。
「うん、一緒に寝よう!」夏は自分の体が熱くなっていくことに気がついた。もう全然、寒いとは感じなかった。
列車が完全に停車してドアが開く。夏と遥は手をつないで列車から降りる。列車から降りるときには、夏は列車の中でぼんやりと思考していたことを、綺麗さっぱりと忘れてしまっていた。
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