第92話 炎の眷属

 街を燃やす炎は、標的を変えた。

 火柱が数え切れない程、立ち昇り、それらは地上を離れていく。


 俺を燃やすかと思われたその炎は、螺旋を描きこの身を取り囲む。


 幾重にも描かれた炎の螺旋が世界を覆い、全ての炎が街から姿を消した。


 そして、炎は俺の眷属となる。

 皮肉な話だ。


 帝国の奴らが生み出し、街を燃やした炎、今度はそれで奴らを燃やす。


 涙を拭い、地上に目をやる。


 すすだらけの建物と瓦礫の山、そこでは、まだ、人々が戦っている。


 ユニコーンのユニ子達、そのアイドルの近衛騎士、セシリアも五、六人の騎士と共に、懸命に剣を振るい、帝国兵と戦っていた。


 すぐそばに、大きな敵味方の塊と一際目立つ黄色の王国旗。


 ジャンヌがその旗を槍のように一振りすると、三、四人の帝国兵士が吹っ飛び肉塊に変わる。


 何度も返り血を浴びたであろう彼女の鎧は、輝きを失っていた。


 彼女に疲れは見えない、それは固有スキル【返り血の乙女】、敵に与えたダメージの数パーセント、HPを回復するスキルの恩恵なのだろうか……。


 俺には、それだけには思えない……。


「王国の騎士達よ、怯むな! 奴らに鉄槌を下せ!」

 彼女は皆を鼓舞し、自らに気合を入れている。

 力を授かれば、誰でも発揮できるという訳ではない。


 それに見合う意思の力が必要なのだ。


 ジャンヌが動きを止め空を見上げる。

「マスター……」

 天を見上げる彼女と目が合い、俺は、意味もなく頷いた。


 街から炎が去った事で、異常に気付いた者達が、敵味方関係無く、戦いをやめ、天を覆う螺旋の炎、その中心の俺に注目する。


 市街戦は散発的になり、やがて、街は静寂に包まれた。


 ふと、街に溢れた死体が目にとまる、住民は成すすべなく殺され、近衛騎士は戦いの中で死んだようだ。

 ユニ子の奴も数頭、犠牲になっていた……。


 螺旋の炎が火力を増し、膨大な熱が俺に集まる。


 熱い!


 それをぶつける標的は、既に定めた。

 俺は、渦巻く炎を操り、街を囲う帝国軍の本陣を狙う。


 炎は竜と化し、獲物に向かう。

 顎門あぎとを開き、鋭い牙とその奥に炎の深淵を覗かせた。


 轟音が響く。


 視界が炎に包まれる。


 それらが晴れると、無傷の帝国軍が姿を現した。


 本陣に構える一人の男と目があった。

 どうやら、こいつが指揮官らしい……。


「我が名は、トレイニー、王国侵攻第三軍指揮官、そして、貴様らを蹂躙する者だ!」

 魔力を帯びた大声で天上の俺に叫んできた。


 蹂躙?

 笑いを堪え俯いた。


 懐かしい奴の姿が目に入る。

 ニーベルンで俺と戦い引き分けた、黒髪の痩せた女性、名前は確かアンジェラだ。


 ちっ、厄介な奴。


 不意打ちで殺すか……。


 彼女の後ろには、どうやったか知らんが、集会所らしき建物が無傷で残っていた……。

 そして、彼女の周りには、帝国兵の死体が沢山散らばっている……。


 帝国兵と戦っていたのか?


 あいつ帝国の人間だろ、だとすれば首だな……。


 すぐそばでは、子分の三人の阿保面が俺を見上げていた。

 イージスの盾もあったか……、ほんと、面倒くさい奴らだ。


「臆したか、エルフの女! 【邪悪な姫君】を気取っても、帝国には勝てんぞ!」

 帝国の第何軍の司令官、名前は……、


「あんた、誰よ?」

「トレイニーだ! 舐めるな! エルフ!」


 帝国の陣から一斉に、数万本という矢が飛んできた。

 全ての矢に何らかの魔力が込められているらしく、かなりの威力があるように見える。


「頑張るわね」

 その全てをこの身で受ける。

 焼き払う必要もない、頑張ったけど、まだまだだ。


 地上のアンジェラと目があった。


 彼女の口が動いた。

 距離があり、声は聞こえないが、

「ぶ、ち、か、ま、せ」

 と口が動いたように見えた。


 仕返しに、

「ば、か」

 と口パクすると、

 あいつは怒って、指揮棒を弾くように振り、小石を魔力で飛ばしてきた。


「痛い……」

 俺は小石を掴んだ右手を開き笑みをこぼす。


 さて、帝国の奴らもいろいろ考えているようで、陣容を変化させている。

 魔法があり人外が存在する世界、一騎当千が比喩ではなく現実になる世界だ。

 それらに対抗する手段を、人は知恵を絞り編み出したのだろう。

 そうで無ければ、軍隊の存在意義は皆無だからな。

 人外に対抗する手段が無いのなら、人外同士の対決に集約されるはずだからだ。


 帝国軍は、部隊を数百人単位に細分化して配置を変えていく。

 同時に、様々な術式を行使しているようで、何種類もの魔法陣が浮かんでは消えていく。


 さて、俺のような魔法使い相手で一番怖いのは何だろう?

 それは、広域殲滅魔法なのだろう。

 だから、細分化して、部隊を距離を置いて配置することにより全滅を防いでいるつもりらしい。


 更に、たかが一人の魔法使い、広域殲滅魔法発動後のリキャストタイムを狙えば、数百人単位で押し切れると……。


「準備は出来たかしら、帝国の軍人さん?」

「貴様に空は安全では無いと教えてやる!」

 トレイニーは自信に満ちていた。


 空が安全?

 俺が呪文詠唱の為に空に待機しているとでも思っているのだろうか……。


 調子に乗りやがって!


 だとすれば、最初の一撃をわざと外した甲斐があったいうものだ。


「今から、そっちに行くから待ってなさい」

 俺には、地上も安全なんだよ!


 トレイニーはいい感じで驚いたようで、声は聞こえないが、彼の口の動きは、

「なんだと……」

 と震えていた。


「あとエルフなんて呼ばないで、私はソフィア、今から、あなた達を蹂躙する者の名前よ」

 俺は、全ての者に聞こえるよう魔力を込めて言い放ち、地上に降りたった。

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