第36話 聖者の祈り 後編

 輝きを増した獣は、黄金の体毛は白く変貌させ、凶悪な魔力を辺りに撒き散らす。


 仮初から本来の姿に変貌した、という事らしい。


 ボス戦でよくある演出だ。倒した敵がより強力になって復活するというアレだ。

 しかし、倒しても無いのに、これは、キツイ、いや、ラッキーなのか……。


 どちらにしろ、あれは雷獣の上位種、四神の白虎、西方の守護獣と讃えられる存在で、間違いなくボスクラスの戦闘力を持っている。


 何もない、こんな場所で、出会うような存在ではない。さらに、白虎は、不機嫌そうにも見えた。


 大量のマナ、大気に溶け込んだ自然の魔力を喰らう、この種の獣は、本来なら、それなりの場所に存在するはず、例えば、魔穴とかうってつけだ。


「なんであいつが……」

 ジークフリードとエドワードが動揺している。

 どうやら白虎を知っているらしい。


 西方の守護獣を、そうそう、目にする機会は無いはずだ。

 だとすれば……。


「邪魔だ!」

 と言わんばかりに奴は、ジークフリード達を無視して、前進をつづける。

 仲間達の攻撃を全く通用していない。


「お前を、喰わせろ!」

 奴の俺への叫びが聞こえた気がした。

 膨大な魔力を持つ俺は、さぞかし美味そうに見えるのだろう。


 そして、白虎は毛を逆立て威圧し、力を溜め始めた。


 どうやら、仲間達を邪魔だと思い、一気に広範囲攻撃で仕留めるつもりだ……。


 やばい、全滅が頭をよぎる。

 やっぱり俺が、最初から殺るべきだった。


 でも、もう間に合わない、手遅れだ。

【聖者の祈り】にひたすら力を注ぐ。


 白虎を覆う輝きが消え、白い体毛があらわにさらけ出された。


 一瞬の静寂が、その場を支配する。

 攻撃力があれば、この硬化時間は絶好な攻撃の機会だが、

「来るぞ」

 エドワードとレナードは、声を荒げ注意を促した。


 あいつのアレには、そんなものは無駄だ。

 避けることは、俺ですら不可能なのだから。


 ついに、白虎が力を解放し、白き雷光が周囲に解き放たれた。

 幾千もの荒れ狂う雷光が、仲間達に次々に襲いかかる。


 耐える事しか防ぐ方法はない、全滅必須の【雷光乱舞】、白虎が放つ、最大火力の範囲攻撃だ。


 皆を強烈な衝撃が全身を襲う。


【聖者の祈り】の効果は、即死攻撃の無効化だ。

 それは、対象にとっては単なる無効化だが、同時に、その攻撃を、術者が身代わりになって受けるという事でもある。


 気が遠くなるような、痺れと衝撃が俺の全身を支配する。


 それでも、組んだ手を、祈りの姿勢を崩す事は出来ない。痛みがあるという事は、誰かの命を奪う攻撃が続いているという事に他ならない。


「とどけ、とどけ、同胞はらからにとどけ、我が願い、無垢なる祈り、献身を叶えさせよ」


 何度も、何度も、詠唱を唱え、意識を保つ。


 決して、決して、祈りを崩すな!


 あきらめるな、あきらめるな!


 あきらめるな!!


 これを、耐えれば、決着はすぐにつく筈だ!

 数えきれぬ痛みが、全身を喰らい付くようにして襲ってきた。


 白虎は驚き、低音の唸り声を捻りだす。【雷光乱舞】が収まると全てが同時に動きだす。

 奴の自慢の一撃は、誰一人として、傷つけることは出来てない。


 戸惑いと怒りが混じった咆哮と共に、白虎は、俺を目指し突進してくる。そうはさせまいと、最前列の四人の男は、次々と飛び掛かる。


 【聖者の祈り】で強化されたエドワードの一撃が、見事に、白虎に突き刺さり、レナード達が間髪いれずに追撃をした。

 白虎の雷撃も、かぎ爪も、全ての反撃が仲間達には、通用しない。


 俺は仲間が、きっと倒すと信じて、襲いかかる痛みに耐え、ただひたすら祈りを続けた。


 最後に、ジークフリードが奴の胴体を両断し、白虎の目から光が消えた。


 本来なら魔穴を守護しているであろう西方の守護獣、白虎を倒したのだ!


 前衛の男達は、笑顔で生きている事を讃え合い、勝利に酔いしれている。


 その姿は、俺をホッとさせた。

 思惑通り、【雷光乱舞】を耐えた事で、勝負は簡単に決したようだ。


 当然だ。


【聖者の祈り】は、神話級の全体防御魔法だ。


 即死攻撃の身代わりになるだけでは無い。


 身代わりで受けたダメージ分、対象の攻撃時の与ダメが上昇する強化魔法だ。


「ソフィア、大丈夫、血が出てるわ」

 レティーシアが、心配そうに俺の身体を支えてくれる。

 チビが慌てて抱きついて、俺の顔を、豊かな胸で包み込む。


 心配ないと返事しようとした時、喉の奥から何かがこみ上げてきた。汚物を吐きたくないと思い、手で防ぐが無駄だった。手が血で濡れる、どうやら吐血をしたようだ。


 皆が俺の方に集まってくる。

 どの顔も、さっきまでと打って変わって暗い表情をしている。


 もっと、喜べよ!


「白虎を倒すなんてやるじゃない」

 貧血で辛いが、笑顔を作る。


 なのに……、


「なぜ、お前は、笑っている?」

 エドワードが、怖い目で睨みつけてきた。


「ソフィア、あなたの、そういう所、嫌いよ」

 なぜ、レティーシアは、そんな事を言うのか、わからない。


 みんな無事なんだから、いいじゃん。

 わからない、理解できない……


「何で、そんなこと言うのよっ!」

 思わず叫んでしまった。

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