第35話 聖者の祈り 前編
上空に覆い被さる古代樹の葉によって、輝きを増した陽光が、傘下の森に惜しみなく降り注ぎ、豊富な植物や花を育んでいた。
その為、生き物も多いようで、様々な鳴き声が響き合い、とても賑やかに感じさせる。
古代樹の森は、とても豊かで騒がしかった。
「もう少し、早く来れなかったのか」
もっとも、一番の原因は、合流した時から、遅い、遅いとうるさい、この青年のせいだ。
レナード・デューク、男爵であり、この辺りの領主を務める青年だそうだ。
「もう少し早く来れなかったのか?」
「レナード、君達が来る事を、俺達は聞いてないぞ」
もっぱら、相手をしているのは、同年代のジークフリードだ。
「俺は、お前らが、依頼を受けた事を聞いていた」
レナードは、ギルドから俺達が攻略に向かった事を聞いたらしい。
「しかし、こんなに遅いとは思わなかったぞ」
身体はデカイが、レナードは、しつこい。
「君が来ることは、聞いていない」
我らがジークフリードも負けなていない。
このように、レナードとジークフリードは、合流した時から、微妙に噛み合わない話をお互いに、飽きずに続けている。
「ねぇ、あのうるさい男、何とかならないの?」
「諦めろ、あと、お前も、うるさいから同類だろ」
エドワードに耳打ちしたが、まったく、頼りにならない上に失礼な男だ!
ジト目でエドワードを睨んでいると、救世主が現れた。
「レナード様、そろそろ、我らの紹介もお願いします」
壮年の戦士が、不毛なやりとりに終止符を打つべく動き出したのだ。
肘でエドワードを突き、
「流石、戦士のおじ様は頼りになるわね、好きになりそうっ」
きやっと再び嫌味を耳打ちしたが、石のような表情で無反応だったのでつまらない。
部下から進言された、レナードは、
「それも、そうだな、お互いを知っておかねばなるまい」
と案外素直に受け入れた。
ていうか、自己紹介は、出会った時にやれよ、気付くのが遅いぞ!
そもそもレナードは四人の部下を連れていた。
黒いローブを羽織った少年、少女と、壮年の戦士、若い剣士だ。
ふと戦士が目で合図を送る。黒ローブの少年が応えたようにして、質素な杖を掲げ、そのまま地面に真っ直ぐトンと着ける。
空気が緊張し、彼の
どうやら、索敵をしたらしい。
「いけません、前方に強い魔獣の気配です」
少年の声は緊張で上擦り、再び、目を閉じ、探りはじめた様子。
俺も、魔力を前方にほんの少し伸ばしてみる。
先日の一件で、何となく索敵ができるような気がしたからなのだが、
キンと広がった魔力は、少年のそれを打ち消してしまう。
少年は、驚いた表情で、「凄い……」と小さな声を漏らした。
「ごめんなさい、邪魔するつもりは無かったのよ」
すかさずペコリと謝罪するも、
「別に、良いですよ、それで、何か分かりました?」
とキラキラとした無垢な瞳が成果を求めてきた。
初めての索敵だが、天才の俺には、はっきりと視えてしまった。
前方にいる魔獣は、巨大な虎のような容姿で、額には立派な角、何より体表には
「たいした奴じゃないわ、ただの雷獣よ」
雑魚だな、ロクなアイテムもドロップしないだろう……、ゴブリンよりはましだが……。
「本当ですか!」
少年は驚き、仲間達に緊張が走る。
「いきなり雷獣とは、腕が鳴る」
レナードは、剣を抜き、両手で構え、やる気に満ち溢れている。
そういえば、雷獣は、レベル三十で互角だったけ、ジークフリードは、何とかなるけど、他は、レベル二十前後か……。もちろん、レティシアとクララは論外だが……。
誰かに、怪我されても面倒なので、ヘルメスの杖を取り出した。
姿を現わす前に、一撃で仕留めてやる!
「たまには、仲間を信用してみたら」
横に来たシルフィードが止めに入った。
「何するのよ!」
怪我したら大変だろ!
「あれぐらい、ジークがいるから大丈夫よ」
彼女は余裕の表情だ。
そういえば、これから戦闘なのに、ジークフリードの側に彼女はいかない。
「じゃ、支援ぐらいしても、いいわよね」
彼女には自信があるらしいが、それでも、黙って見ているだけ、なんてできない。
「仕様がないわね」
俺の頭を撫でてから、彼女は許してくれた。
「レティーシア、チビ、こっちに来て!」
一番弱いレティーシアと、前衛のチビを側に呼んだ。
チビを参戦させたら、やはり、瞬殺してしまう。
あいつガチだからな……。これは、ガチロリという意味では無い、前衛としてだ。
それから、急いで、杖を地面に刺し自立させ、胸の前で手を組み、意識を集中させる。
ヘルメスの杖は、程なく、全体が燐光を発し、杖頭の二枚の羽が大きく開きはじめた。
「我が、無垢なる願い、献身の祈り、
神話級、全体強化防御魔法、【聖者の祈り】を発動させた。
強化対象者の防御力(物防、魔防)を上昇させ、かつ、
その効果は、術者が祈りをやめない限り
ソフィアが祈りを捧げると、仲間達は、ほのかに淡く輝きはじめた。
皆には、一心不乱に祈る彼女は、とても神聖で不可侵な存在、そのものに見えた。
「あれが、姫様のお抱えの魔女か……、まるで、天使だな……」
彼女の姿を見たレナードが、感嘆の声を漏らした。
「気を抜かないで下さい! そろそろ来ます!」
エドワードが忠告するまでもなく、皆の意識は、前方の異様な光景をしっかりと捉えていた。
無差別に轟き走る
絶望を撒き散らす獣が踏み出す度に、バリバリと空気は悲鳴を上げていた。
「ダグラスは、俺と来い! 残りは、姫様を守れ!」
レナードの指示に従い、壮年の戦士が駆け出し、残りは、レティーシア姫を中心に陣形を組んだ。
レナードと、ダグラスと呼ばれだ戦士は、勢いを増しながら、雷獣に接近していく。
ジークフリードは、エドワードを見つめ、指示を促す。
「ジーク様と私は、雷獣を、クララ様は、レティーシアの側にいて下さい」
レナード達に遅れ、エドワード、ジークフリードの二人も雷獣に立ち向う。
元々、ジークフリードと俺、両者の戦闘力だけで編成されたパーティだ。
祈りながら見る、彼の背中は、何処か不安げに見える。
その様子に、祈りに力が入り、杖の輝きがました。
同調するように、仲間達の輝きが増す。
みんな、信じてるぜ、ドーンと雷獣をぶっ飛ばして来い!
「エド、すまんが、雷獣は、俺が仕留める!」
ジークフリードは、背中の大剣を抜くと、一気に加速し、レナードを追い抜いた。
人の領域を超えた彼の速さと一撃は、見事に、雷獣にとどいたように見えた。
「ちっ、存外に、硬いな」
ジークフリードは、舌打ちをし、素早く距離をとった。
雷獣は、背を撫でられた事で、はじめて敵を認識し、輝きが増すと共に、咆哮をあげる。
空気は、恐怖に怯え、震撼していた。
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