第34話 目覚め

 周囲を照らす炎も、身体を暖める熱も、今はもう必要無いというのに、


 たき火は、燃え続けていた。


「あなた、大丈夫?」

 シルフィードは、レティーシアを気遣い、


 レティーシアは、ソフィアを撫で、指に絡まった銀色の髪を見つめていた。

「炎は、まだ消えてないわ」


 レティーシアの言うとおり、炎が揺らめいでいる間は心配いらない。


 彼女はきっと戻ってくる、皆、そう確信していた。


 茂みの隙間から、うさぎが心配そうに様子をうかがい、木々からは、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 その様子は、まるで森が彼女を心配しているように見える。


「イフリートは、もっと怖いイメージだが、これは、暖かいな」

 ジークフリードは、朝のお茶の準備をすすめている。


「この炎はソフィアのものよ、イフリートは、その維持に力を貸しているだけ」

 シルフィードは、茂みの影にうさぎを見つけ、それは、びっくりして隠れてしまった。


「三年前の文句はないの?」

 彼女は、ジークフリードに疑問をぶつけた。

 今ぐらい、彼に力を貸していれば、古代樹の森は攻略できたかも知れない。


 先程のうさぎが、影から恐る恐る顔をだした。


 彼女は、その様子に、微笑み、ジークフリードの答えを待った。


「申し訳ないが、元々、君の力は当てにしていない、君達は、気まぐれだからな」


「意地悪な言い方するのね……、もっと、頼っても良いのよ」


 シルフィードの視線は、二匹のうさぎを捉えた。


 親子なのだろうか……、今また、一匹増え、三匹になった。


 そのうさぎは、少し震えているようだが、好奇心には勝てなかったらしい。


 ふふふ、思わず笑みがこぼれる。


「ニーベルンの人達はいつもそうね、いい加減、祈りぐらい捧げたら」


「責任に嫌気がさしたら、そうさせて貰おう」


 ジークフリードは、暖かいお茶を皆に配った。


 彼は、他人に責任を譲る気は無いらしい。


「レティーシアは、何故、私達に付いて来たのだ?」

 鍋に火をかけてから、エドワードはお茶に口をつけた。


「何故? そうね……、ソフィアの方が、頼りになるから……、かしら」

 レティーシアの声が、微かに聞こえてきた。どうやら、俺の話題のようだが……。


 身体が心地良さに負け、まだ起きる事を拒否した。


 休日の朝、ベットで感じる安息に近い、いや、それ以上だ。


 暖かい枕が、柔らかく包み込んでくれている。


「辺境伯の父上が信用できないと?」

 ジークフリードの声だ。


「ソフィアは、私を助けてくれた。彼女の理由はわからないけど……」

 レティーシアを助けた理由? 確か、姫様だったからだったけ……。


「この娘は、強いのよ……、私は、その強さを利用してるの」

 彼女の声は、少し悲しげだ……。


「次は、助けてくれないかも知れんぞ」

 エドワードの声に、俺がそんなに薄情な訳無いだろうと返事した。


「ふふふ、ソフィアは、きっと助けてくれるわ」

 髪をく優しい指を感じた。


 優しさは根元から毛先まで迷いなく、通り抜けていく。


「それでは一方的に信じているだけではないか」

 エドワードの声が弾んでいる。


 頼りにされている、それだけでも嬉しい。


「私は、利用・・するのよ」


「そうね、私は、いつでも、あなたを助けるわ」

 目を開けると、レティーシアの顔が近い……、これは、まさか、膝枕ではないか!


「いつから、起きていたの」

 垂れた黄金の髪が、頬に触れこそばゆく、女の子特有の甘い香りに包まれ、顔が赤くなってしまう。


「私が頼りになるって辺りからよ」

 手を伸ばし、彼女の髪を光に透かす。


「利用でも良いのよ、私を頼って頂戴」


「そろそろ起きなさい」

 彼女は、頬を膨らまし、膝から引き離そうとした。


「嫌よっ!」

 ガシッと膝を掴み拒絶した。


 もっと、膝枕を満喫するのだ!


「いつまで、寝ている!」

 エドワードが、腕を掴み、無理矢理、膝枕から引き離した。


「何するのよっ」

 膝枕なんて、もう、一生、経験出来ないかも知れないのに!


「他に、言うことがあるだろう?」

 なんだ?


「みんな、おはよう」

 ペコリと朝のあいさつをした。


 ……、


 あれあれ?


 だいだい、なんで、俺は寝ていた?


 確か……、食事の後、索敵しようとして……、


「心配かけて……ごめんなさい」

 頭にポンと手を置かれた。


「心配はしていないが、許してやる」

 エドワード、てめぇ……、


「許してやる」

 次はジークフリードが、ポンと手を置いた。


「なっ!」

 今度は思わず頭に両手を置いてしまった。


「許してあげる」

「なっ!」

 意地悪な風が地面に広がるスカートをめくろうとする。


 それを、間一髪で防ぎ、シルフィードを睨んだ。


「許してあげる」

 チビとクララのロリ担当が同時にデコピンをしてきた。


 痛い……、特に、チビ、お前、ガチ前衛だろ、もっと手加減しろ。


 涙目で、デコを抑え、非難の目で二人を見る。


「許してあげる」

 レティーシアが、手を差し出してきた。


 彼女の背から差し込む朝日が、少し眩しく、髪の色を、いつも以上に美しく感じさせる。


 伸ばされた手を、しっかり握り、


「よろしくお願いします」

 と笑顔で返事した。


「うふふ、何を言っているのよ」


「うふふ……」

 二人で笑いあい、


「よろしくね、ソフィア」

 レティーシアが、空いた手でトンと優しくデコピンをしてきた。


 グ〜〜、


「なっ!」

 お腹が食事を催促し、それを隠す為に、腹を抑えた。


「相変わらず下品な奴だ」

「そうね」

 エドワードに同意したのは、レティーシアとシルフィードだ。


 レティーシアまで……。


「さぁ、これを食え」

 突然、お椀が目の前に差し出された。


 普段は、朝食に暖かいものは出ないが、


 準備をしていてくれたらしい。


「ありがとう」

 こくっと頭を垂れ、礼を述べた。


「あらあらあら」

 チビを除く、女性陣の顔が妙にニヤけている。


「な、なんだ、皆の分もあるぞ!」

 エドワードが、慌てて準備をする。


「あらあらあらあら」

 女性陣は、楽しそうだ。


 だか、俺は、エドワードには餌付けされない!


 誓って、絶対にだ!


 朝食を済ませ、更に奥地へと、古代樹の森を目指し出立する。


「少し寄り道をする」

 いたずらな笑みを見せ、エドワードが先頭を歩いていく。


 森を抜けると、そこは、崖だった。視界が広がる。


 とんでも無い光景だ。


「あれが、古代樹……」


「そうだ、凄いだろ、ここからなら一望できる」


 エドワードは、自慢げに手を広げ、古代樹を讃えた。


 古代樹は、大きく、いや、巨大……、あれは、木のカテゴリーに入るのだろうか?


 形は木だが……、


 巨大さは、想像の域を超え、雲よりも高い幹の太さは山ぐらいある。


 葉は、緑では無く、光を透過するもの、反射するもの、色も様々で、神々しく美しい。

 壮大な古代樹の枝の下には、豊かな森が広がっていた。


「あれが、古代樹の森」

「そうだ」


「目指す場所は、古代樹ね」

「そうだ……」


 エドワードの表情はかたくなった。

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