第26話 はじまりの物語
「直ぐに、王都に兵を向けるべきだ」
一人の若い男の威勢の良い声が部屋全体に響き渡り、空気がキンと張り詰めた。
声の主、彼の服装や身につけている装飾品は、派手さはないが、品があり、身分が高いことを証明している。
王国の最大軍事拠点、
ニーベルン城の会議室には、「王都陥落」の報せを聞いた王国西部の有力者が集まっていた。
西部諸侯会議である。
議題は、もちろん、「王の消息と王都奪還」である。
王の消息については、確証はない、それ故に、生存しているという事で、意見は一致している。
帝国は、その事に関して、沈黙しているからだ。
それにしても、
「なぜ、帝国は、我が国との同盟関係を破棄した」
「なぜ、帝国は、二匹ものドラゴンを王女に差し向けたのだ」
「そうだ、王都に現れたドラゴンは二匹と聞いている、王女を襲ったのは主力だ」
参加者の疑問、
それは、当然の疑問だ。
王国が目的なら、狙うべきは王の首、そして、王が逃げるべきは、難攻不落のニーベルン城であるべきだ。
しかし、王は、レティーシア姫を、しかも、彼女は第三王女、王都には、王子も居たはずだ。
それでも……。
レティーシア姫を、ニーベルンに向かわせた。そのことは、王自身の身、つまり王国そのものよりも、姫個人の命を優先したことになるのではないか?
それが、結果として、囮になったようだが……、ならば、なぜ、帝国は、王国そのものよりも、第三王女に固執するのだ。
なぜだ……、それが、今、この場にいる者たちの共通の疑問だった。
「卿は、なにか、ご存知ですか?」
初老の男は、真っ直ぐと、ニーベルン辺境伯を見つめている。
「それは、儂にもわからぬ。ただ、王は、ご存知なのだろう……、帝国が、レティーシア姫に固執する理由が……」
もちろん、辺境伯は、その理由に心当たりがある。
心当たり? いや、それは、確証だ。
我々にその気が無くても、【鍵】の存在を隠した……、我々が【鍵は壊す】という古来の約定を守らなかった……、その事実、それが、あの臆病者を動かしたに違いない。
帝国の本質、それは、臆病からくる疑心暗鬼、それ故に、戦力を増強し軍事大国になった。
もはや、彼らに逆らう者など居ないだろうに……。
「そうか、なら、それは、王に直接、お伺いするとしよう」
初老の男は、さも残念そうに溜息をついた。
その様子に、再び、痺れを切らした者がいた。
「直ぐに、王都を奪還すべきだ!」
年寄り達の問答を眺めていた青年が再び声を荒げた。
「王都を直ぐに奪還しなければ、王国の威信が無くなる」
青年は、厚い大理石で作られた、重厚なテーブルに、何度も拳を打ちつけ、主張した。
威信? そんなものは、大昔に、この国は捨てている。帝国との同盟関係が、この国を存続させていたにすぎない。
そのことは、ここに、いる者ならば、知っているべき事実だ。
しかし、若いな……、ニーベルンは、目を細め、口元を緩ませた。
「何が、可笑しい! 直ぐにでも、挙兵すべきだ! なぜ、動かぬ!」
青年は、激しく憤慨している、それが、ニーベルンには、懐かしかった。
「答えよ、ニーベルン!」
「言葉を慎め、デューク卿!」
初老の男が、青年を厳しく誡めた。
「まったく、お前は、そっくりだな」
亡き親友を思い出し、ニーベルンは、厳しい表情で、青年を睨みつけた。
「国を想う気持ちからの発言だ、今回だけは、許してやる」
皆を制し、この場を収める。
お前の子は、きっと、また問題を起こすぞ! なぁ、アレン……、
ニーベルンは、殺意を込めたような目つきで、亡き親友の子を睨み、屈服させた。
「王都とは、何だ! 答えろ! デューク!」
辺境伯の勢いに、その場は凍りついた。
「王都とは、国の中心、象徴です」
まだ元気があるか……、はっきりと答えた青年に、ニーベルンは苦笑した。
「王都は、飾りだ、中央の日和見主義の貴族も、この際、帝国にくれてやっても良い」
返事を聞き、デュークの顔は紅潮していく、
「きさ……」
ドーン、
テーブルを拳で強く殴り付け、ニーベルンは、デュークの二度目の失言を打ち消した。
ほれ、見ろ、アレン、あの子は、お前、そっくりだ。
「くれてやっても良いが……、この際、寝返える者も掃除したい、それには、時が必要じゃ」
まぁ、納得しねぇよな……、デュークを見つめ、ニーベルンは、さらに、言葉を続ける。
「王は、おそらく、北に向かわれた筈だ」
「北の魔女か」
どこからか、呟く声が聞こえてくる。
「あやつが、王都にいれば、陥落する事も無かったのだが……、不在を狙っていたのだから、責めてもしょうがない」
ニーベルンは配られていたグラスに口を付けた。
デュークからの強い視線を感じ、
「あぁ、お前の問いにまだ答えて無かったな、王都とは、王が有らせられる都市の事、だから、王都奪還は、王が帰還しなければならない」
「ならば、すぐに北と合流して……」
「まてまて、西部を手薄にするわけには、いかない、なぜ、ここに、戦力が集中しているのか思い出せ」
「うっ……」
デュークは、やっと言葉を詰まらせた。
西部辺境伯は、王国をエルフから守る責を負っている。
生き残ったエルフ達の国【アエラス】、動向も掴めず、その存在すら疑わしい、西方にあるという国……。
人とは、臆病なものだ……、すっかり勢い失った青年を眺め、ニーベルンは、我に返った。
「まったく、兵を出さない訳には、いかないだろう」
デュークの目に力が戻ってきている……、やれやれだ……、また、騒ぎ出さなければ良いが、
「息子のジークフリードと、レティーシア姫お抱えの魔法使いを中心に、北に向かわせる」
「魔法使い、あの、ドラゴンを倒したという噂の……しかし……」
「それだけでは、戦力が充分とは言えないのでは?」
進行役の初老の男が、皆を代表して言葉を発した。
デュークの鼻息が荒くなる。
残念だが、今回、出番はなしだ、本当なら、儂も行きたいぐらいだからな……。
ニーベルンは、戦いが嫌いではなかった、むしろ好物といっても良いぐらいだ。
「魔法使いは、息子の精霊と互角にやりあったと報告を受けておる」
「ジークフリード様の精霊……、四大精霊のシルフィード様と互角……、北の魔女と同等」
デュークが、残念そうに驚いている。
「そういうことだ、大軍はいらない、少人数を向かわせる」
その後、レティーシア姫の処遇などを話し合い会議は終了した。
北の魔女、氷のババアには、馬車馬のように働いてもらおう。
彼女の心底嫌がる顔を思い浮かべ、ニーベルン辺境伯は会議を後にした。
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