第25話 エピローグ

 戦いは夕暮れが訪れるまで行われた。


「覚えてろよ!」

「うわ~~~ん!」


 戦いに敗れたガルーダとケルベロスは泣いてそれぞれの世界に帰っていった。

 正樹も譲治も戦いでボロボロの姿になっていたが、どちらもまだ動く余裕はあった。


「やったね」

「久しぶりに手を焼いた喧嘩だったぜ」


 そして、お互いに背を預け合ったあったまま、拳を打ち付け合った。


「またな、坊主」

「うん、またね」


 譲治がカオンの元に歩いていく。正樹は優とミンティシアの元に歩いていった。


「ごめんね、心配かけて」

「正樹が本気を出せばどうってことない相手でしょ」

「凄い戦いでした!」


 優はさも当然と言った態度で好戦的に答え、ミンティシアは興奮に目をきらきらさせていた。

 どちらも正樹が喧嘩で負ける心配はしていなかった。

 優の心配は別の場所にあって、その心配の種が近づいてきた。


「あの、正樹さん」

「ごめん、大丈夫だった?」


 灯花は柄にもなく緊張しているようだった。あれだけ恐い目にあったのだから当然かと正樹は思った。

 あの敵はおそらく天界や魔界の関係者だったのだろう。初恋の人を巻き込んで悪いことをしたと正樹は思っていた。

 灯花は少しもじもじと言葉を探して、それを探し当てたかのように目を上げて言った。


「また……会ってくれますか?」

「もちろんだよ。喜んで」

「ありがとうございます!」


 灯花は頭を下げて笑顔でお礼を言った。正樹の始めて見る彼女の輝くような笑顔だった。


「正樹さん! 告白! 早く愛のこもった告は……もごもご」


 余計なことを言おうとした天使の口は素早く優が封じた。


「今はその時じゃないの。空気読みなさい」

「こくこく」


 優の忠告をミンティシアは素直に受け入れた。

 自分も何となく今はその時ではない気がする。そんなよく分からない感情を天使自身も感じていた。

 夕日に染まる公園を灯花は走り去っていった。


「灯花さんってあんな笑顔も出来るんだな……」


 正樹は心からのうっとりした呟きを漏らし、


「あの女……!」


 優は立ち向かうべき敵に再び闘志を露わにし、


「正樹さんの愛は見つかるのでしょうか」


 ミンティシアはまたこれからの使命に思いを馳せていた。




 夕日に染まる歩道を灯花は歩いていく。

 彼女が一人になるのを見計らって、メルトは声を掛けに行った。


「大丈夫だった? トウカ」

「ええ、あの男は必ず悪魔の物にしてみせますよ」

「そう? やる気あるわね」


 あんな物騒な鳥まで出てきたのに、さすがエリート悪魔のトウカは度胸があるとメルトは思う。


「あたしはあれを……あの怖い顔をした男を何とかいないといけないのかあ」


 ケルベロスと殴り合っていた人間の凶暴性を思い出す。

 自分はとてもあの男を何とかしたいとは思えない。

 止めろと言われたら止めたい気分だった。

 メルトが考えていると、トウカがぽつりと呟いた。


「ここは良い場所ですね」

「そう?」


 彼女の顔が少し赤く染まって見えたのはきっと夕日のせいで、怒りのせいでは無いとメルトは思いたいところだった。




 天界と魔界では再び偉い人達が集まって、それぞれに議論が戦わされていた。

 会議は三日三晩に掛けて行われた。

 そして、結論が出された。


「人間の力は愛に溢れていて強かった」

「人間の力は我欲にまみれていて強かった」

「「しばらく様子を見よう」」


 と。


 そうは決まったものの全面的な撤退が出来るはずもない。

 天界の選んだ優秀な人間はすでに悪魔に知られているのだから。

 完全に手を引くことは相手に付け入れられる危険性があった。

 そこで目立たない密かな活動だけを続けることになって。

 人間界には表向きは変わらない日常が続いていった。




 正樹の家にはいつもの日常の朝が訪れていた。

 幼馴染の少女がご飯の用意をしてくれて、気になっている少女が元気に挨拶してくれて、初恋の人が遊びに来る。

 そんな変わらない日常だ。

 休日の朝、ご飯を食べ終わって、ミンティシアは立ち上がった。


「それじゃあ、正樹さん! 今日は愛を探しにいきましょう!」

「え? 今から?」

「愛はいつだって良いんです! さあ、出かけましょう!」


 あるいはそれを見つけたいのは天使自身かもしれない。

 ミンティシアが正樹の腕を取って外へ連れ出していく。

 正樹は仕方なく引かれるままについていく。

 優と灯花は素早く目配せを交し合い、立ち上がった。


「お兄ちゃんが行くなら、あたしも行くよ!」

「ああああ、あくまでも天使の好きにはさせません!」


 すぐに二人の後を追いかけた。



 今日はよく晴れた良い天気で絶好のお出かけ日和だった。

 青い空に白い雲。

 天界なんて見えないけど、天使ならここにいる。

 正樹の手を掴んで引っ張っている。

 気持ちの良い朝に、希望の出会いはすぐに見つかるように思えた。

 天使の少女は笑って言った。



「今日こそ愛を見つけましょうね!」

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