第2話 愛を伝えるべき人類

 現代の地球。

 世界は平和だ。そこに天界の危惧するような不穏な予感など何も無いように思えた。

 本当に人類は愛を忘れつつあるのだろうか。今日も平和な朝日が昇る。人類にとってはすっかり慣れた、いつもと同じ日常が始まろうとしていた。

  



 どこにでもある普通の家の普通の部屋にあるベッドの中で。

 ミンティシアの担当となった高校生の普通の少年、相沢正樹は寝ていた。彼は毎日ごく普通の平凡な生活を送っていた。

 両親が仕事で海外に行って一人になった家で、朝になると


「お兄ちゃん起きて。起きてってば」


 正樹のことをお兄ちゃんと呼ぶ一歳年下の隣の家の幼馴染が起こしにくるそんなどこにでもあるありふれた普通の生活だ。

 すっかり慣れたいつもの光景に正樹は目を覚まして起き上がる。


「早いな、優。もう朝か」

「もう朝だよー」


 優と呼ばれた少女は手早くカーテンを開ける。良い陽射しが入ってきて、正樹は目を細めた。


「うおっ、まぶし」

「良い天気~。早く学校に行く準備をして。朝ご飯できているから早く来てよね」

「おう、分かった」


 毎朝隣の家から起こしにやってくる幼馴染、森乃優は朝から元気だ。すでに学校の制服を着て、身だしなみもちゃんと整えていた。

 彼女は物心が付いた頃から正樹の後について回るのが好きで、世話を焼くのを日課にしていた。

 昔は煩わしくて困ったこともあったが、今ではすっかり諦めて好きにさせている。優一人がはしゃいだところで世界は変わったりしない。

 正樹は今の普通の生活が好きだった。


 高校の制服に着替えて台所に行くと、優はすでに朝食の準備を終えて席についていた。

 正樹はテーブルの上に並んだ物を見る。優は料理が得意だ。正樹の家の両親が今は仕事で海外まで行って留守にしていることもあって、最近では毎日作りに来ている。今日の朝食もおいしそうだった。


「今日はハムエッグか」

「朝だからね。いただきますしよ」

「いただきます」


 優と一緒に朝食を食べる。今日の生活も変わらない。ありふれた毎日。日常に変化なんてそう起きるものじゃない。

 正樹は落ち着いた生活に安心を感じながら箸を進める。


「おじさん達、いつ帰ってくるって?」


 テーブルの対面で食事を取る優が、よくしてくる慣れた質問をしてくる。正樹も慣れた調子で答えた。


「今度は長くなりそうだって。天空の世界にまつわる珍しい遺跡が見つかったんだって話だよ」

「天空の世界ねえ。そんなのが本当にあるのかしら」

「それを調べるのが父さん達の仕事さ。ごちそうさま」


 正樹の両親が仕事で家を留守にするのはよくあることなので、二人ともすっかり今の状況に慣れていた。

 親のいない間に正樹はいつも隣の家の優のお世話になっていた。


「いつも悪いな、優」

「いいって。お兄ちゃんの親は忙しいんだし、あたしも好きでやってるんだし。お兄ちゃんはあたしがいたら迷惑だった?」

「そんなことは無いよ。いつも助けられてます」

「なら良かった。あたしも楽しいよ」


 優が微笑み、朝食の後片付けをする。それが終わってから、二人で学校に行く準備をする。

 優が正樹の家に持ってきていた鞄を見て気づいた。


「あ、リコーダーを忘れてきちゃった。ちょっと取ってくるね」


 忘れ物に気づいて隣の家に優が戻っていく。正樹は玄関を出て鍵を掛けてから彼女を待った。

 優はすぐに走って戻ってきた。


「そう走らなくても。リコーダーあった?」

「うん、あったー。お兄ちゃんは玄関の鍵は掛けた? 二階の窓も閉めた?」

「毎朝俺にそれを聞くつもり?」

「だって気になるじゃない」

「掛けたし閉めたよ」

「じゃあ、安心だね」


 二人で同じ高校に向かう。正樹は二年生で、優は一年生だ。

 正樹はふと空を見上げた。


「天空の世界の遺跡か」


 両親は今それを調べているという。

 遠くの世界のロマンの事は正樹にはよく分からないが、今日はよく晴れた青い空が広がっている。

 今日も一日、平和な日が始まりそうだった。 




 高層ビルが立ち並び、車が網目のように張り巡らされたアスファルトの道路を行きかう都市の上空。

 ミンティシアとカオンは天使の翼を広げて、人間の住む世界までやってきていた。

 今日は良い天気で風が気持ちいい。空からでも地上の様子がよく見えた。


「ここで愛を伝えればいいのね」

「この人どこにいるのかなあ」


 カオンは資料の顔写真を見ながら地上を見るが、さすがに空からでは人の判別までは出来なかった。


「資料に居場所の情報もあるんじゃないの?」

「あ、そうだね」


 それぞれに資料を出して居場所を確認する。

 ミンティシアは右を見て、カオンは左を見た。


「あたしはあっちの方みたい」

「わたしはこっちの方みたい」


 お互いに顔を見合わせて決心する。


「じゃあ、頑張ろう。愛を伝えられるように」

「うん、頑張ろう」


 すでに他の天使達もそれぞれの持ち場に向かっていた。

 ミンティシアとカオンも別れ、それぞれに担当する人類の元へと飛んだ。

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