第3話 心が流す、涙。




あたたかい。



こんなにあったかいのどれくらいぶりだろう?



あったかい…………?




「────?! 痛っ…!」



目覚めると


目を真っ赤に腫らし、みっともないほどに嗚咽しながら号泣している、絶世の美女が居た。


「いっ いいのっ! 起きないで、いいのっ!あなた酷いケガしてるんだから! 大丈夫だから! 落ち着いて! なんにもしないからっ!」


落ち着きを無くした美女が、なかば強引に私をベッドに縫いつける。

しまった。捕まったんだ。私。

まぁいいか。観念しよう。


「……大丈夫です。あなたは大丈夫なんですか?……その…ひどく泣いていらっしゃるみたいですけれど?」


号泣美女、あぁ。メアさんだっけ。


メアさんは、すーはーすーはーと、ふくよかな胸に手を当てて、必死に落ち着こうとして深呼吸を繰り返しているらしい。


「ごっ ごめんなさい! 私は大丈夫です!……大丈夫…だけれど…しずくちゃん! あなたは……。えーん!!」


と、また泣き出した。

しばらく、私に抱きついたまま号泣。

身体のあちこちを撫で回されるに委せていた。


仕方なく、訳もわからず私は彼女の背中をさすって慰めることになった。


でも…


彼女、私の名前、なんで知ってるの?



***



どのくらい経っただろう?


彼女がようやく泣き止んだ頃に、いろいろと聞いてみる。


「なんで私の名前を知ってるんですか? それに、このケガ。私、すごく酷い転がりかたしましたよね?

なんか、ほとんど治ってるような……。」


まだすんすんと、おだやかにしゃくり上げていた彼女は、見た目に分かるほどに動揺した。


「ぎくっ! えっ…えーっと。そのケガを治したのはマスターでっ。ほっ ほとんど治っちゃってるはずですねっ。運んで来たときは、複雑に骨折しちゃっていて、首も反対向いていたんですけれど、マスターは…そうっ!きっ 器用だからっ。ふふっ。ふふふ。」


こんな綺麗な顔なのにこの支離滅裂な慌てぶり。

本当にかわいいひとだ。

なんだか、愛しくなってしまう。


首もまっすぐだし、骨も…折れてなさそうだ。

身体をあちこち触って確かめる。


あ……


「…私、裸……。」


メアさんがまたうろたえる。


「ごっ ごめんなさいっ! 血だらけだったしっ。肋骨が飛び出してて穴も…あっ!ごめんなさいっ!とにかく、ボロボロだったので処分させて貰ったんです!勝手にごめんなさい!」


私は胸を触ってみる。

肋骨が…? ……平気だ…。


裸を見られるなんて、私にはどうでもいいこと。

もっと恥ずかしいことなんて、今までいくらでも経験してきた。

しろと言われれば、駅のホームで全裸になって股さえ拡げられる。


「そんなこと、しなくていいですよ?」


突然

ガチャリとドアが開き、マスターが入ってきた。

相変わらず、笑顔と前髪で目が見えない。


しかし、改めて見ると、本当に絵に描いたような美青年だ。


銀色にキラキラ光るさらさらのショートヘア。

不思議な色。

前髪は片側だけ少し長くて、鼻頭くらいまで流している。

背は…180くらいか。

年の頃は、20代後半。

おそらくは、メアさんと同じくらいだろう。

スラッとスマートで、華奢なイメージ。

今はゆったりめの薄緑の施術服を着ているけれど、脱いだらすごく細そう。

笑顔を絶やさず、その笑顔も、嫌らしくなく極々自然。

圧倒的な安心感を覚えてしまうもの。

彼に微笑みかけられたら、どんな怒ってるひとでも笑いそう。


しばらく彼に釘付けになっていたら、彼は微笑みながら私の傍の椅子に腰かけて、ベッドに上半身だけ起こした私の胸を、ペタペタと触り始めた。


「きゃっ!マスター?!」


短い悲鳴をあげたのはメアさん。

私は醒めた目で、彼が私に触るのを見ていた。


「…もう大丈夫ですね。あちこち破れていたし、腰も首も折れていましたけど、君の生きる力のほうが強かったということです。君は強いですよ雫。」


このひとも私の名前を知ってる……。

どこかに、名前の分かるものがあったのか?


「いいえ雫。君は何も持っていませんでしたよ?」


まただ!

私の思っていることが分かる…のか?


ふいに、彼はおだやかに微笑み、私の頭を撫でる。


「君に隠し事をする気はないですよ?

君の知りたいことならなんでも教えてあげますから、ちゃんと口に出して聞いて下さいね。」


その声のおだやかさと、手のひらのあたたかさに、さっきまで構えていた力がすぅっと抜けていく。

言葉が……出な…い。


「雫? 涙は、声を出して流すものですよ。

もうずっと、泣くこともないくらいに擦りきれていたんですね。」


「え…。」


頬を触ると、両目から止めどなく涙が溢れていた。

私は、泣いている!


気づけば最後、堰を切ったように涙が流れてくる。


あったかい。

あったかい。

苦しい。


もう何年泣いてなかっただろう?


最後に泣いたのは……わからない。

でも、悲しくて泣いてるんじゃない。

じんわり、胸の奥から滲んでくる涙。


マスターの手のひらに、おいでおいでってされてるみたいに、撫でられる度に次々と溢れ出す、涙。


なんだこれ。

なんだ?


私、どうしたらいいの?



背中からふわっと包まれた。

メアさんが抱きしめてくれてるんだ。

やわらかい。

あたたかい。


私は涙で溺れそうになりながら、マスターを見ると、彼はおだやかに言った。


「僕は君が何者であるのか、すべて知っています。

僕もメアも、そういう能力を持っているんですよ。

だけど、公にしながら生きている訳ではありません。

こうして細々と、小さな店を構えて暮らしています。

だから、安心して下さい。

僕たちも化け物です。

雫。君さえ良ければ、今日から僕たちと一緒に暮らしませんか?」




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