大天才サカキバラ博士への道のり

 大天才ノブアキ・サカキバラ博士になって、ジイちゃんの人生の最後を見届けた未来の俺。


 「五年後に全部分かるよ」


 未来の俺はきちんと未来に帰った。きっと明るい未来が待っているからだ。


***


 ジイちゃんが亡くなって葬式の日。まだ準備も始まらない明け方に珍妙な中年オヤジが現れた。ヨレヨレのシワだらけの白衣にサテンの紺色のパジャマ。白と黒のまだらになった四方に爆発した髪の毛。こんな非常識な人間いるんだと思った。ずんぐりとした単身短躯。アジア人顔だしひげだけはってるみたいだけど、何かドワーフって感じ。隣には亜麻色の髪をきっちりまとめた喪服姿の美人。空色の瞳に吸い込まれそうだ。


「やあノブ初めまして。トモは?」


 ゆっくりとして勿体ぶったような話し方。ジイちゃんが亡くなった日に電話してきたウエハラ博士の声だった。美人が彼を押しのけるように前へ出た。


「早朝にすみません。この度は御愁傷様でした。お悔やみ申し上げます。こちらは隆さんの友人シン・ウエハラ、私は助手のアイカです」


 ちっとも御愁傷様とは感じられない淡々とした棒読みの台詞だった。顔もそう。めんどくさいって顔に書いてある。差し出された名刺には「ウエハラ私設研究所本部第一研究室所属アイカ・ミタ研究員」と書いてあった。長っ。嫌な雰囲気の女だ。


「アイカは凄いな。息を吸うように嫌われる」


 大袈裟に両手を広げてウエハラ博士がくるりと回った。ほんとに何だこいつ。


「いえ、その。っくしゅん!ゲホっゴホゴホ」


 くしゃみに咳。体がほんの少し痒くなってきて発作かな?と感じた。二人が俺に悪い何かを体につけてきたのだろう。来客があるといつもこうだ。こんなんじゃジイちゃんの葬式を上手く終わらせられない。悔しいけどジイちゃんの親友ボビーに声をかけておいて良かった。ボビーが喪主。俺は離れでじっと葬式が終わるのを待つしかない。悔しいけど。


「ふむ。やはりな。アイカ例の物を」

「はい」


 来た道を戻ったアイカが1分もしないうちに戻ってきた。大きな黒い物を持っている。


「科学防護服喪服バージョンだ」


 そう言うとアイカに「足上げて」と指示されてその黒い服を着せられた。顔まで覆える割とピッタリ目のツナギ。鼻頭から上半分が透明で視界だけは良好だった。


「だから白衣は駄目だと言ったんです」

「調子はどうだい?」


 冷めた瞳でウエハラ博士を見下ろすアイカを無視して、ウエハラ博士はニッコリと笑った。とても満足そうだ。連続して出ていたくしゃみが止まっているからだろう。マスクっぽい息のしにくい口元、ぴったり目で全身スーツみたいで外から見たらめっちゃダサそう。皮膚が触れている部分はなんか変な感触で少し暑い。快適とは程遠いがこの服があれば俺は何処にでも行けるのかも知れないとワクワクした。


「ありがと--……」

「で、トモは?何処にいるの?」


 返答に困った。正直に話しても信じないだろう。しかし嘘も思いつかない。


「どうした?」


--突拍子なさ過ぎると案外信じてもらえるもんだ。


 いつだったかジイちゃんが言っていた台詞を思い出した。漫画内ってすぐ何でも受け入れるよなとかそんな話をした時のことだろう。


「未来の俺がさらいました」


「何を言っているのですか?」


 アイカが即座に眉毛を逆ハの字にした。ウエハラ博士は目を輝かせた。


「どういうことだい?」


 両肩を掴まれて体を揺らされた。勢いが強いので俺は思わずウエハラ博士の腕から逃れようと体を捩よじった。脱出完了。俺は一歩後ずさった。


「タイムマシンを開発したって未来の俺が現れてトモとどっかに行きました」


「なんていうことだ!僕の娘はそんな楽しい体験をしてるのか!」


 またパァァァァァっとウエハラ博士の顔周りに後光が差した。アイカが大きくため息をついた。


「あのー言った俺が聞くのも何ですけど信じてくれるんですか?」


「もちのろん。例え疑いが存在しても信じた方が未来は明るく楽しいさ。君の名前の通りにね」


 勿論をもちのろん?意味あるのそれ。ダサっ。未来の俺が口にしてたのを思い出して俺は思わず呻いた。俺の肩をバシバシ叩いてウエハラ博士が笑いはじめる。笑い声が大きくなっていくと俺を叩く力も増していく。


「痛いって!痛いから!」


 叫んでウエハラ博士の体を突き飛ばした。アイカが腕を組んで俺の目の前に立って見下ろしてきた。すげー怖い目。蛇ににらまれた蛙ってまさにこれだ。吹き出してきた汗が妙に冷たい。


「天才シン・ウエハラの現段階での最高傑作アンドロイド、PUREピュアシリーズのトモカ。アンドロイド初の時空旅行か。なんて素晴らしい肩書きだ」


 ウエハラ博士が俺を睨むアイカを押して俺の前に仁王立ちした。


「命名はタカだ。タカのために僕が造った。正確には君の誕生日に素晴らしい友達をと望むタカのために僕が造った。非常に苦労したしうんとお金もかかった」


 舌舐めずりしてウエハラ博士がほくそ笑んだ。楽しくて愉快で仕方がない、もっと欲しいというようなギラギラした瞳。


「どうもありがとうございます」


 直感が"ウエハラ博士の要求は御礼じゃない金だ"と告げている。これから先、難病研究に対する謝礼と言う名の保護費用でこの家で慎ましく暮らす予定の俺。しかし胸が踊る。未来の俺が告げた言葉の数々を繋ぎ合わせると導き出される別の人生。


「稼いでもらうよ。タカも君もそれを望む。ちなみに僕は厳しいから」


 五年後俺はタイムマシンを完成させる。そんな偉大な発明を出来るのはこのチンチクリンなウエハラ博士のおかげなのだろう。旧文明を生きていた俺が一気に時代の最先端に躍り出る。


「僕らはお互い秘密と謎を秘めている。タカなんて全部抱えて死んでしまった。答えはいつ出るのか分からないけど楽しみだね。その時は盛大にお祝いしながら語り合おう」


 ウエハラ博士が謎のステップを踏んだ。妙に上手いのが腹立つ。ドワーフっていうよりハンプティーダンプティーだなこいつ。


「五年後です。大天才ノブアキ・サカキバラ博士が誕生します!絶対!」


 機械のバグ回収の仕事をしていたジイちゃんはどんな人生を歩んできたのだろう?ほとんど自分の事は語らなかった。語るのは漫画や小説、映画やお伽話。そして大好きな野球の話ばかり。


「話が抽象的過ぎて全く理解出来ません。研究所に勤務希望ということでしたら来週集団採用試験があります」


 話の腰を折るような抑揚のないアイカの発言。俺だけでなくウエハラ博士が古典漫画みたいにズッコケそうになった。


「建前上アイカも受けるから間違いではない」


 頭痛がするというようにウエハラ博士がこめかみを抑えた。


「いえ、きちんと評価した上で採用してください。ズルは良くない」


 俺はグッの胸を張った。


「タカの言葉だね。エキセントリックな才能でズルのギリギリを突く彼を僕は尊敬していたよ。実に愉快な方だった」


 この時ウエハラ博士がツウッと涙を流した。変人奇人だけど、とても温かな心を持っている人だと俺は一緒に泣いた。

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