第54話 SS IF 二度目のクリスマス
新年まで残すところ10日ほどの日没後。
アルデールの宿屋にて
「この国に雪は降るか?」
夕食の
給仕が俺を抱え、ハルとタピタの間に降ろしてくれる。この給仕が指示以外で俺のためになる事をするわけがない。この後を予測して俺を置いた、とすれば給仕を足止めするのが得策か。
「説明よりも見た方が早いな。真由美。」
『はい。』
給仕が黒球に触れ、天井付近から雪の降る映像を映し出す。ホログラムのような立体映像には、クリスマスツリーと魔力で生成した燐光の舞う様子が映し出されていた。
ハルは両方を掴もうとし、タピタは手のひらに落ちてきた燐光に頬を染めていた。
「ハルは雪が初めてか。タピタは二度目、だったか?」
「初めて。」
「うん。あまり覚えてないけど。」
今、楽しんでくれれば良い。もうすぐ他の面子も帰ってくるだろう。二人にクリスマスというものを教え、部屋を飾ってみる。ツリーや飾りは、給仕が用意していた。
「
異なる点は「ある時期になると葉を飛ばす」という特性だ。
記憶の中の俺は、水で覆い遠目に鑑賞していた。クリスマスツリーは、多少危険でもあったほうが良い。雰囲気も出るしな。
「キツネさん、これ丸い。」
「それはオーナメントだったかクーゲルって言う飾りで、色によって意味が違うぞ。綺麗だろ。」
「うん……綺麗。」
ハルに「片づける時に欲しい色をいくつか貰って良いぞ。」と言うと喜んでいた。
隣で作業していたタピタが「できた。」と言い、リースを見せてくる。
「上手くできたかな?」
「形になってるぞ。上手だな。」
「えへへ。これにも意味があるの?」
「永遠、だな。」
小さく「永遠……。」と呟き、タピタは増産を決めたようだ。作りすぎなければ良いが。
タピタに抱き寄せられ「待っててね、頑張る。」と耳元で言われてしまった。思い込むと突き進む傾向がある。給仕に3つ作った所で休憩させるように指示する。
ハルは、と振り向いた俺と目が合ったハル。「あっ。」と声を漏らし、目が泳いだ。ばつが悪そうな雰囲気だな。
視線を下げると、尻尾にリボンと
『可愛い
「怒ったりしないから続けて良いぞ。」
給仕の言う通りだ。ため息をつく事も雰囲気を悪くしてしまうだろう。
顔色を変えず尻尾を向け言ってやると、今度は鈴を着け始めた。ほどほどにしてくれ……と心の中で嘆き、ふと気づく。
「ハルは誰から鈴を貰ったんだろうな?」
『ギックゥ!』
「あ、えっと……コキュちゃんに。」
「コキュ? あぁ、
ハルが壁に立てかけた弓を見て言う。名前まで付けるとは、意思疎通が上手くできている証拠だな。その相手が……給仕だとしても。
タピタの椅子の下に
「キツネさん、嫌?」
「ん? あぁ、ハルは気にしなくて良いぞ。」
『シクシク。』
「ごめんなさい……。」
あらら。ハルは、どうも弱気になる時があるな。本当に怒ってないぞ、ハルには。
ハルの膝の上で丸くなり、怒っていないアピールをしておく。機嫌が直るまで、この体勢だ。給仕に作業を止められているタピタを見ながら、今後の予定を確認しておこう。
ハルが撫で始めたのか、瞼が重くなった。
――――――――――
体を揺さぶられている。この感じは黒球か。寝てしまったらしい。
目を開けるとハルが撫でる手を止め、声をかけてきた。
「起きた。」
『そろそろ触手娘が帰宅します。』
「触手って……本人、気にしてるんだから名前で呼んでやれよ。」
「また、給仕さんとだけ話してる?」
少し給仕へ苦言を呈しただけなのだが、ハルは詰まらなそうな顏をした。こら、爪を立てるな。
ちなみに触手娘とはエレナの事だ。黒球内には今もエレナの腕が保管されている。本人曰く「触手の方が、業務の邪魔にならないって言われた。」らしい。笑うのも
ギルドからの帰りに寄ってくれ、とちょっとした頼み事をしたのだ。
ハルの手をグリグリしていると食堂の扉が開き2人が入ってきた。エレナとカミラさんだ。
「ただいまー、タピタは何を作ってるの?」
「お帰り、エレナさん。これね、リスって言うんだって。」
「遅くなりました。キツネさん、全て揃えたわ。」
「ありがとな、カミラさん。机に置いてくれ。あとタピタ、リースな。」
「よいしょっと。ハルさんが落ち込んでいらっしゃるようですが?」
聞かないでくれ、という意思を込めて
チラっとハルの顔を見ると、下唇を前に出して目を潤ませていた。
あっ……これ泣く寸前だわ。
宥めようとした時、ハルを正面から抱きしめる者がいた。カミラさんである。荷物を置き歩いてきたようだ。本当に周りが良く見えている……俺は二人の間に挟まれたが、モソモソと抜け出す。
タピタの横に座ったエレナが俺を見つけ抱き上げる。ハルはカミラさんに任せよう。ハルの頭を撫でるカミラさんは、
「カミラさんに任せて良いよ? お母さんみたいな安心感があるんだにょふっ!」
「エレナ、あとで覚えておきなさいよ?」
「いったたぁ。全く見えなかった……。いつも『お母さん』って言ったら恥ずかしがるん——」
「エレナ?」
エレナが一言多いのは相変わらずか。俺を
カミラさんに抱き着いているハルは泣き止んだようだ。勇気を出して俺を救い出してほしい。『ツリーに飾る綿を丸めた物』を投げる体勢のカミラさんの目が怖いのだ。いてっ。
綿が俺に当たった所でタピタが作業を終えたようで。
リースを高く持ち上げ「できた!」と元気良く言った。よくやったぞタピタ。カミラさんの
周囲を見て、首を傾げるタピタに感謝しつつ次の指示を出す。
タピタにはクリスマスツリーの飾りつけを、エレナとカミラには食堂の飾り付けを頼む。
カミラさんから離れたハルが俺の
「ごめんね、私……がんばるから。お手伝いもがんばるもん。」
「それじゃあ早速、手伝ってくれ。」
カミラさんに買ってきてもらった品を黒球に回収させる。パンの材料に、家畜の乳、そしてハルの好物。
「あ、それ……。」
「好きだろ?」
「……うん。」
黒球から吐き出されたスポンジケーキをハルの前に置く。給仕の助けを借り、ハルにホイップクリームを塗りつけていく。手際など求めていないので、ハルのやりたいようにさせた。
余ったクリームを舐めたりしつつ、果物も盛りつける。
食堂の飾り付けを終える頃、手作り感満載のクリスマスケーキが完成した。
笑顔のハルと作業を見守っていた面々を席に着かせ、用意しておいたプレゼントを出す。温かい
決して、忘れないように。
エレナには腕を、カミラさんには投げナイフを、そしてハルには靴を渡す。それぞれが喜んでいるようだ。
とても……歪な光景だ。
「ありがとうな。楽しかった。」
俺がいないかのように会話を続ける3人を含めた情景が、静かに、ぼやけ消えていく。しばらく、その様子を眺めていた。
すべてが
『いつ、気づかれました?』
「好物、だな。俺はハルに好物を聞いたことが無い。」
『そうですか。では、参りましょう。主がお待ちです。盲目な2番目様。』
「あぁ。」
まったく、俺も2番目だったって事かよ。
――――――――――――
タイトルは書き始めて二度目のクリスマスだから。
そして、最終話の後に続くように。
この話の主人公は……本当は何番目でしょうね。
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