第34話
「……買わないのか?」
「……。」
門番の静止も聞かず村を出る。当たり前だろう、何も持っていないのだから。
アルフは村を離れてなお、唇を
しかし、余程
道なりに進み、門番が見えなくなった所で黒球を捕まえる。今のアルフに合わせて歩き続けるのは大変なのだ。
少し雲が黒いな……雨でも降るか? お、食べられそうな木の実だな。
「食べられるものを集めてくれ。あと
アルフに追従しながらも、周囲を見ておく。すれ違う者がいないため、湿った風に揺らぐ森を見る余裕があるのだ。ゴロゴロと黒い雲が鳴っている。
ポツポツと雨が降り出して、
黒球が俺を雨から守るために
髪から肩へ雨が
「ねぇ……僕に、何ができるのかな……。」
「できない自分に気づいたのか?」
「……うん。」
ここは突き放すよりも助言だろう。踏み出す勇気が足りないだけ。
アルフの横に移動し、少し大きな声で伝える。アルフの顏は見ない。
「アルフ、前を見ろ。」
「?」
「結果があるから行動するんじゃない。行動して結果をもぎ取るんだ。今のお前は立ってるだけだ。理解しろ。」
「でも、僕には……。」
「まずは、踏み出してみろ。自信が無いなら周りを頼れ。悩んでも分からないなら相談しろ。いいか、立ち止めるな。」
「救いたくても、何から始めて良いか、分かんないよ……。」
アルフの目の前へ移動し向き合う。また泣きそうな顏だ。あとでイジってやろう。
「あの村を救うことが大きな目標で、動けなくなったのか? それなら目先の小さな目標からこなせばいい。」
「……どんな?」
「アルフ、俺の手をとれ。簡単だろう? それとも、こんな事もできんのか? アルフくーん?」
短い前足を伸ばしているのに、キョトンとするアルフ。尻尾で顏をグシグシしてやる。
「わっぷ、もう! なんか悩んでるのがバカみたいじゃないか!」
「ほれ。」
「なんか『お手』みたいだね。」
「うるせー。とりあえず壊れた橋の所へ行かないと話にならんぞ?」
アルフの頭に飛び乗り、目の前に前足を再度、伸ばす。今度はすぐに握ってきた。
黒球の出した火の熱でアルフを暖めながらも、歩を進める。雨足が速いな、木を伝って行けば、止まらずに
「アルフ、寒かったら言えよ?」
「ありがと、まだ大丈夫だよ。」
昼過ぎ。雲の切れ間から日の光が差している。微風で雨は止んだ。地面は少しばかりぬかるんでいるが、歩行に支障なし。俺たちは落とされた橋の前で足止めを食っていた。
向こう側まで10メートル程
吊り橋の
「ふむ、故意に落とされたみたいだな。どうする?」
「僕には飛び越えるなんて無理だけど、キツネさんなら行けそうだね……今も浮いてるし。」
「渡るだけで良いのか?」
「できる事なら橋を作りたいけれど道具も無いし、橋を作る方法も知らないし。街で人や道具をそろえた方が早いかも。別の道……も無さそう。」
きちんと現状を
黒球に釘を使わない橋を
ぐうぅ~きゅるる
盛大に腹の音が鳴った。この場には俺とアルフしかいない。そして俺は腹なんて減らない。アルフを見ると、ため息をつきながら座り込んでいた。
「まったく、用意もせずに飛び出すからだぞ。」
「……反省してます。」
アルフに道中に集めた木の実や昨夜のパンを食べさせつつ考える。
『レオナルドの橋』や『サルヴァティーコ橋』と呼ばれる、木材の組み合わせのみで製作可能なアーチ橋を。
木材15本ほどを用意する。片側に2か所、反対側の中央にも溝を作っておく。
縦に2本、その上に横に2本置く。さらにその上の真ん中に1本置く。
右側の縦の木材を水平に支えながら、横に棒を2本差し込む。
繰り返し差し込んでいく。
十分な長さの橋ができた所で、横に平らな板を置いていく。地面と接する部分は倒れないように固定するのを忘れない。そして仕上げにある仕掛けも
1時間もかからずに、出来てしまった。黒球すごいな……。ゴッソリ魔力を吸われたが。
「出来た……気を付けて渡、れ……ガクッ。」
「あはは……すごいね……。」
アルフに移動を任せ、しばらく休ませてもらう。街に着く頃には回復しているだろう。アルフの
を遠慮無く地面に叩きつけ、結構な音を立てていた事も気にしないのだ。
「これ、どう説明すれば良いんだろ……。」
「……。」
誰かが橋を
途中に立ててあった
————————————
何とか『ニブンデンバの街』に
道標を信じて草原を歩くという暴挙に出て数分、眼下に広がる街が見えてきた。
四方を2階建ての建物よりも高く、厚い壁に囲まれた街を見下ろしている。円柱形の塔のような建物を中心に、放射状に走る道が4本見える。半球の屋根の家が立ち並ぶ光景も含めてファンタジーなのだが……。
「おぉ? モヤみたいなのを通ったら、いきなり街が見えてきたな……。」
「だね~。何か仕掛けでもあるのかな。」
「あんな塔が、ここまで近づかないと見えないんだぞ? 何かあるだろうが……考えても分からん。道は続いてるみたいだな。さっさと歩くぞ。」
「歩くの僕だよね?」
アルフの頭の上で日向ぼっこでもして戯言を聞き流し、歩かせる。
どうやら崖の近くに対害獣用の幻惑の魔術道具が設置されている、という情報を街で入手するのだが。
——————————
ニブンデンバの街では、当初ありのままを報告したが信じてもらえなかった。まぁ、アルフのような子どもとキツネ1匹で『ちょっくら橋を架けてきたぜ!』なんて信じるわけがない……。
兵士が『橋が無い事』を確認するために駆けて行ったので、待っているのだ。
「で、どうしたら良いのかね?」
「う~、痛い……。」
「おーい、こっちだ、こっちー!」
「お、アルフ呼ばれてるぞ。」
門番のおっちゃんが呼んでいる。ウソをついたと拳骨をもらったアルフを立たせ、兵士の詰所に歩いていく。
ちなみに兵士とは橋があるか無いか、で賭けをしている。銀貨10枚がかかっている。勝てば銀貨50枚になる予定だ。
「必ず勝つ勝負は良いもんだな。」
「良いのかなぁ……。」
「良いんだよ、この後は食料を買い込むんだろ? 元手が足りないぞ? 夕飯抜きにするか?」
「お金を稼ごう、お金大事。兵士さん、ごめんなさい。お金のためです。」
「……。」
ジト目でアルフを見ながら考える。やっている事はアレだが、元手は欲しい。この街の物価まで上がっていたら買えないのだ。
――――――――
詰所にて取調室のような部屋に通される。壁には格子窓が1つ、机と向かい合わせの椅子が1組ある、スタンドライトは無いようだ。椅子に座ったアルフの足元で待つ。入口の扉は閉められ、兵士が扉の前で
この街の身分証も兵士が手続きしてくれている。今は待つしかない。
アルフはウトウトと船を漕いでいる。強行軍だったからな、寝かせておこう。
扉の向こうから兵士たちの声が聞こえてきた。
「本当だ、橋が架けてあった! 強度も十分だ! 前よりも丈夫だぞアレは。」
「信じられん……。昨日の夜に橋が落ちたと報告があったのに、一晩で橋を架けるだと?」
「各ギルドに昨晩、門を通過した奴らについて調べるよう伝えろ!」
ふむ、良い感じに騒いでいるな。あの村への物流は維持されるだろう。この世界の土木技術を凌駕する少年の出現は、どのような影響を与えていくのだろう。
……アルフは何に巻き込まれているか、を分かっていないだろう。
「知らぬは
時折だらしない顏になりながら寝ているアルフは、
そんな事を考えていると、部屋の扉がノックも無く開いた。
入ってきたのは立哨している兵士より飾りの豪華な鎧を着た50歳ほどの男性だった。180センチを超える身長で筋骨隆々、
アルフを
「アルフ君、起きてくれ。」
「あれ……おはよぉ~ふあぁ。」
「アルフ君、もう一度話を聞かせて欲しい。部下の報告では
「えーっと……何の?」
「質問は3点だ。橋が落ちた原因に心当たりはあるか、橋を何人で架けたのか、そして架けた方法だ。」
チラリと俺を見たアルフだが、俺は
そして
「僕は橋を渡って、この街に来ました。橋を架けた人は知りません。」
「……そうか、他には誰もいなかった、という事だね?」
「はい。」
上手い。魔獣の俺が架けたのだから、橋を架けた人は知らない。嘘は言っていない。見ていないのだから方法を言う必要が無い。……アルフ、人をだますことに慣れるなよ?
アルフの足をポンポンと叩いてやると、俺を抱き上げて膝に乗せた。なぜかジト目で俺を見てくるアルフから目を
「アルフ君には聞きたいことが
「あはは……。」
「そろそろ許可証を持ってくるだろうから、それを貰ったら街に入って良いぞ。」
アルフが苦笑いでいると、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。やっと解放されるのか……1時間弱は詰所にいたなぁ、今日はマシな寝床で寝たい。
トットットッ
「お、
ガッ、ドガッ!
「……。」
「失礼……おーい、トルーデー起きろー?」
扉がゆっくりと開く。そこにいたのは金茶色の髪に垂れた犬耳の女性兵士だ。鼻を押さえ、うずくまっている。ぷるぷると震えて……思い切りぶつかったのだろう。
おっさんは痛がる女性兵士をそのままに、傍に落ちていた書状を拾うと、俺たちの方に歩いてきた。
「アルフ殿、入門許可証だ。本日を含めた3日間の滞在を許容されるものだ。それ以上の滞在にはギルド等で発行される身分証が必要だ。……と、これも渡しておこう。」
「おもっ……あ、ありがとうございます。」
「賭けなのだから気にしなくて良いぞ。さすがに銀貨60枚は重くて持てないか? ……トルーデ、付いて行ってやれ。今日はそのままあがっていいぞ。」
「いひゃぃ……え、あ、はい! やった、早上がり♪」
トルーデは痛がっていたはずなのに、ケロっとしている。立ち直りが早いようだ。
アルフが持ち上げられない木箱をひょいと持ち上げ、俺たちを待っている。
トルーデに街の事を聞きながら宿を探す。なるべく街の中央にある宿を取った方が良いらしく、トルーデにいくつか条件を伝えて宿を紹介してもらう事にした。
街の中央へ近づくほど背の高い建物が多くなり、自然と見上げてしまう。アルフとともに前を歩くトルーデに手を引かれていると、3階建ての建物と建物の間で止まった。
「ふむふむ……着きましたよー。条件通りの宿と言ったら、この『
「……どこ?」
「下です、下!」
「え……下?」
トルーデの指差す地面には、井戸にしか見えない宿屋の入口があった。
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