第25話

 なんだ、この状況は……。ある程度近づいたところで立ち止まる。手前に肌の青そうな女性が倒れている。その奥に、地面に刺さった角材に縛り付けられた子どもがいる。子どもの後ろに大きな縦穴が見える。


 うつ伏せに倒れている人物は、その見た目から女性だという事が分かる。身長160センチくらいだろうか。ボンテージで体のラインが丸分かりだ。尻尾の付け根には穴が開いているので特注品なのだろう。30センチほどの尻尾自体は付属品なのだろうか。気絶している様で全く動かない。

 女性が持っていたであろうむちは女性の手の近くに落ちている。顔を見ると眉間みけんほおに鱗がある。変わった格好をする趣味があるのだろう。俺には分からない分野だな……。


 子どもは身長1メートル程だ。着ているのは襤褸ぼろ。気絶しているのかよだれをたらし、ちからなくぐったりしている。白目になっているから……まぁ、放置だな。赤みがかった茶髪なのだろう。昼間に見たら映えそうだ。風呂に入っていないのか汚れているが。


 ツンツン……ピクッ


 倒れている女性の尻尾をつついてみる。おぉ、少し浮いた。良かった、死んでないな。ん? 健全な・・・確かめ方だっただろう? 女性は反応を見せたが、起きる素振そぶりを見せない。息はあるから放っておけば起きるだろう。


 女性の横を通り過ぎ、子どもの側に行く。呼びかけながら頬をペシペシと叩くと、起きたようだ。


「ん、ん……え?」


 目を開けた子どもが俺を認めると、血色の悪かった顔をさらに青白くさせおびえ始めた。……まぁ、認めたくは無いが……この世界で俺は、魔獣なんだよな。子どもから少しだけ離れて、向かい合う。


 しばらく見つめていると、俺の害意が無い・・・・・様子を見て、子どもの震えは治まったようだ。


「おーぃ、お前、話せるか?」

「ひっ、誰っ……え?」

「話せるな……大人はどこへ行ったんだ?」

「えっと、どこ行っちゃったんだろ……。」

「ふむ、何で縛り付けられてんだ?」

「わかんないよぉ。」


 うーむ、要領を得ないな……。泣きそうな子どもを宥めつつ、縄を解いてしまおう。俺が黒球に指示を出そうとした時、突如地響きが俺たちを襲った。立っていられない上に喋ったら舌を噛みそうだ。数秒で地響きは治まった。余震があるかもしれない。今のうちに離れよう。


 俺はジリジリと女性の横へ下がる。縦穴が収縮すると、俺の体毛が逆立った。


 ヤバイ、何か知らんがヤバイ。身構えていると黒球が俺を掴み、さらに後ろへ下がる。俺の足元で起きた土煙が縦穴に吸い込まれていく。子どもが再度気絶し、女性も苦しみだす。俺は何ともない。

 10秒ほどで縦穴の吸引は止まった。余震も治まったようだ。


 「……大丈夫か?」


 周囲を確認する。子ども……そう言えば名前を聞いてなかった。すまん、急だったから助けられなかった。女性の方は……おや?


「小さくなってない……か?」


 気のせいだろうか、ちぢんだ気がする。服がだぶついている……尻尾の長さは変わらないんだな。まぁ、外傷は無さそうだし、放置で良いか。縦穴へあまり近づきたくないが、子どもは助けておく。黒球に指示すると、なぜか角材ごと子どもを勢いよく引き抜いた。


 倒れている元女性の前に置かれた角材。子どもの分だけ重心が……。


「ん、あれ……なんで倒れて……。」

「お、起きたか、避けた方が良いぞ?」

「え? しゃべ――」


 ガン


 あーあ、言わんこっちゃない、と思うが言わない。元女性は残念なやつだろう、放置だな。角材の下敷きになった子どもを角材から解放し、縦穴から離す。角材と元女性にぶつかり、たんこぶが出来てしまっている。


「たんこぶって治せるのか?」


 っと聞くと、子どもの顔にジョウロのように水をかけ始めた。……子どもから花でも咲くのだろうか。子どもの顔をのぞくと、たんこぶの腫れは引いたようだ。特殊な水なのだろうか。なんかシュワシュワしているんだが、大丈夫か?


「……あちちっ。」


 熱かったのかね、すまんね。子どもは飛び起きて、額を抑えている。後頭部も熱そうなんだが……。


「とりあえず、ここを離れるぞ。運べ。」

「あちーにゅあー。」


 問答無用で子どもを黒球に持たせ、近くの民家に入る。少し前まで人が生活していたのだろう。ほこりが積もっていない。誰もいないのだから使わせてもらおう。子どもを降ろそうと見やると、


「ふにゃー。」

「……くつろいでやがる。」

「だぁってぇーふにゃー。」


 黒球に持ち上げられている子どもは、猫のようにだらっとしている。適当に放り投げておく。不平を言っているが無視して、木の実を食わせておいた。

 そんなことをしていると、外から騒ぐ元女性の声が聞こえてきた。


「あー、もう! どこ行ったー出てこーい!」


 随分と御冠のようだ。今出て行ったら面倒だな、と思った時、再度吸引が始まったようだ。定期的に吸い込むみたいだな。戸口に近づいて様子を伺ってみると、


……ガンッ……バタッ


「うん、やっぱ残念なやつだ。」


 安心して子どもの方に目を向けると、スヤスヤとうずくまって眠っていた。のんきなもんだ。子どもの前に少しばかりの食糧を置き、外に出る。


 

 そこで俺が見たものは、縦穴から上半身だけが見えている元女性だった。……どうやら吸い込まれているらしい。見殺しには出来ないよなぁ……はぁ。


 肩まで引きづりこまれている元女性は苦悶くもんの表情だ……助けるように黒球に言うと、器用に変形させた腕で元女性のめ、真上に引き上げた。……他につかむところ無かったのか。ほら、顔が青白くなった……。

 元女性のひざが見えてきたあたりで、縦穴が収縮し始め、元女性をくわえこもうとする。尻尾を掴まれた元女性は青白い顔を紫色に変色させていく。


「うぐっ……はっ、ぐぁ!」

「おい、暴れたら……あっ。」


 気絶していた元女性が起きてしまった。しかも首をめている黒球の腕から逃れてしまった。あっという間に縦穴に引きづりこまれる元女性。縦穴は収縮し、穴が消えた。

 慌てて穴のあった場所に近寄るが、穴など無かったかのように縦穴は無くなっている。黒球に元女性の場所を聞いても無反応だった。……地中深くにもぐったのか?


「無事、とは言えないか……。」


 とりあえず情報が足りない。判断は子どもから話を聞いてからにしよう。元女性の残していった大剣を黒球が片付ける。ファンタジーにありがちな大剣の口が・・・・・ガバッと開いたり・・・・・・・・はしない。ただの大きな両刃の剣だ。切るというよりも重さを活かし叩くのだろう。持ち上げようとちからを込めたが、全く上がらなかった。俺が非力なのか、それともあの女性が怪力なのか。


 子どもの寝ている家に戻ると、起きて食事をしようと口を開けたところだった。月明りで子どもの周りだけが照らされている。


「あーんあ?」

「あー、食ってていいぞ。」

「モシャモシャ……これ、おいしい!」


 そうかい、と相槌あいづちを打ちつつ経緯を教えておく。ふーん、としか言わないので聞いてみると、どうやら元女性とは初対面らしい。縦穴の前で放置されてから、何度か気絶していると、空から降りて来たらしい。高笑いをしていたそうだ。……助けなくて良いか。面倒そうな雰囲気がヒシヒシと。


「まぁ、それ食ったら、ここを離れるぞ?」

「えっと、どこ行くの?」

「とりあえず、お前独りじゃ何もできないだろ。人の多そうな街でもあれば何とかなる。」

「怖いよぉ。」


 黒球を淡く光らせると、興味を示し触ろうとする。黒球が天井付近まで上昇し、子どもが届かない絶妙な距離を保っている。……いい性格してるな。子どもは、しばらくして諦めたのか食べるのを再開した。


「そういや、お前、名前は?」

「んえ? あうう!」(んえ? アルフ)

「食ったままじゃ、分からんよ。」

「……アルフ!」

「アルフか、よし、行くぞ。」

「ま、待ってー。」


 俺が問答無用で部屋を出て行こうとすると、慌てて付いてきた。歩きながら色々聞くとしよう。黒球には使えそうな物・・・・・をしまっておけ、と指示している。アルフには悪いが、ボロ布を足に巻いて靴替わりにしてやる。もっと探せばあるのかもしれないが、あまり長居をしない方が良い気がする。


「歩くと痛いかもしれんが、しばらくそれで我慢してくれ。」

「全然痛くないよ。」

「隣町までの距離なんぞ分からんが、道なりに行くしかないな……。」

「ここを出るの初めてだよ。ふふん。」

「……まぁ、がんばれ。」


 なんか嬉しそうだが、アルフは今までどんな扱いを……。色々な意味で平和な日本しか知らない俺には分からない。器や角材など色々なものが黒球に吸収されていく始終を、アルフはまばたきも忘れて見入っている。長い行程になるかもしれないし、少しでも楽しんでくれ。



 歩き始めて10分ほど。村が未だに見えている程度の距離を歩いた。


「ぜぇ、はぁ、ふぅ。」

「……休んどけ。」


 アルフは絶望的なまでに体力が無かった。今まで遊んだりしてこなかったのかもしれない。黒球に持ち上げさせて移動すれば、と試してみたら俺の魔力がゴリゴリ減っていった。慌ててアルフを降ろすが、少し遅かったようだ。全力疾走した後のような疲労感に襲われる。


「……だいじょーぶ? 辛そうだけど。」

「……大丈夫だ。」


 子どもの前で情けないが、黒球の上で休む。アルフが背中を撫でてくれているので礼を言っておく。垂れている尻尾が気になっているようだ。尻尾で遊んでやっていると程なくして、分かれ道に差し掛かった。

 左に進めば森がある。数時間も経てば明るくなるだろうが……アルフを連れて入るのもなぁ。

 右には山に向かう真っすぐな道が伸びている。安全と言えば安全か。車輪のあとがあるのは右の道だけ……。


「アルフ、休憩したら、どっちに進もうか。」

「え? えーっと……変な跡が右にあるし、こっちかな。」

「ほぉ……。」


 良く見ている。歩き疲れているだろうに、わだちをしっかりと考慮したか。冷静な判断が出来るようだ。いくつか木の実を分けてやる。

 休憩中に森の方から俺たちの様子を伺っている野生動物がいた。不足分の魔力の糧になってもらう。アルフは興味深々な様子だが、余った肉を軽く調理してくちに突っ込んでやった。それでも食って寝てろ。

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