第0話 絶望からの萌芽・2
他の学徒がクリオに向けて言葉を荒げる。
「まさか自分だけ助かろうと考えてないでしょうね!」
「こうなったのもお前の責任なんだからな!」
「そもそも馬鹿の癖に契約の儀式に志願なんてするから!」
「……うるさい!!」
クリオが上げた怒号は周囲の生徒の声量を凌駕して――掻き消してしまった。
「揃いも揃ってごちゃごちゃと……なんだかんだ言ったって今儀式を行ってるのは私。アンタ達の命は私が握ってるようなもんなのよ。私を馬鹿って言う前に、そこの所ちゃんと分かってんの!?」
クリオの言葉に皆押し黙ってしまう。
本心ではない弾みで出た言葉だったのに、それがこんなにも力を発揮してしまった事に、クリオは何故だかやるせなくなる。
――契約霊を得て将来明るくしようと思うのがそんなに悪い事なの? この儀式の場に立つ為に散々苦労もしたのに、褒められる所かこんなに非難浴びせられて、一人ぼっちの気分を味合わないといけなくなるなんて――
苛まれるクリオを、しかし逃がさないとばかりにイフリートが決断を迫る。
「それで、どうするんだ?」
クリオはうな垂れそうな頭を辛うじて上げ、何かを言おうと口をぱくぱくさせていた。
――もうどうにでもなれ――
「こう言えば良いだろ。周りの皆ぶち殺して私と契約してってよ」
イフリートが現れてからクリオが初めて聞いた声だった。クリオの視線の先――イフリートよりも後ろで、ずっとこっちを見ていたからその顔は、いや……その緑色をした眼は脳裏に焼き付いてさえいた。
この男はさっきイフリートが他の学徒に溜め息を吐いた時、依りによって奴と同じように溜め息を吐いていたのだ。だから緑眼の彼が放った言葉は、クリオにとって物凄く心に侵入してくるものだった。無性に、むかつく程に。
イフリートが振り返って彼の目を見るなり険しい表情になった。
「緑眼だと? お前は――」
「ここぞとばかりに喋ってんじゃないわよっ、異端児ラーツィ・ニア!」
イフリートの言葉さえ遮る大声でクリオが彼――ラーツィに叫んでいた。しかしラーツィは飄々とその大声をかわしてみせる。
「声がでかいのがお前の唯一の持ち味だもんな。いいぞ、存分に叫べ」
「上から目線で発言してんな、異端児の癖に!」
クリオの言葉遣いが荒かった。さっき他の学徒に怒鳴ったのも含め、恐らくこれが彼女の土壇場での心の有り様なのだろう。
「お前が俺を詰ってるのは、学院での立場が弱い俺にそうする事でこの後の自分の立ち位置を少しでも上げておこうって考えなんだろ? 構わないさ」
ラーツィは冷静に、的確にクリオの心理を分析していた。
鋭く切れ長な緑眼がすぅっと細められ、湛えた眼光は強さを増す。放たれている生気が見えるとするなら、彼のそれ自体がもう他の学徒とは一線を画していた。大胆にして不遜、優雅にも冷徹にも感じられる佇まいが、唯一無二とさえ言える彼という存在の異質さ力強さが、心強いクリオだからこそ、どうやっても払い除けられなかった。正面切って向かい合わざるを得なくなる事が、彼女をこの上なくむかつかせるのだった。
「な、何を……」
「責めてるんじゃないぞ。寧ろこの極限状態でそんな事を半ば無意識でやってしまうお前の生き残り本能に俺は敬意を持ってる」
「うるさい! アンタが喋った分だけ、私の調子が狂うっていうのよ!」
「そうかよ、それは悪かったな。でもさっきのアンタ達の命は私が握ってるって発言だけは、そのままには出来なくてな。だから俺達を殺して契約してって言えよ」
「だからなんでそうなるのよ!」
ラーツィは不敵な笑みを浮かべてイフリートに視線を移す。
「そうしたら俺もこいつも気兼ね無く戦える。その上で俺が勝てば、俺の命はお前に握られるような安いもんじゃないって証明出来る」
「緑眼の学徒と戦うというのは、我としても面白いな」
クリオは思いも寄らない流れに困惑していた。
「勝手に話を進めないでよ」
「いや、最初はあくまでお前の問題だと思って見てたけど、俺の命を引き合いに出された以上はもう駄目だな」
引き合いに出されたのは他の生徒全員なのだが、ラーツィはそれこそお構い無しに完全に自分だけの事にしてしまっていた。
「異端児にだって意地が有るんだぜ」
ラーツィの緑眼の輝きが増した気がした。無機質な印象を抱かせる冷たい緑――しかしその緑から発せられる輝きは紛れもなくギラついた熱さだ。そんな相反する二つが混ざり合うラーツィの瞳は正しく異端……他の誰にも無い彼だけの色だった。
イフリートがクリオに向き直る。
「クリオよ、この学友の愉快さを幾分代償の替えとしよう。この緑眼の学友一人の命だけを頂く、という事で良しとしてやる」
イフリートは笑みを浮かべていたが、さっきの含みの有る笑いとは違い純粋に愉しんでいるかのように見られた。
「やったなクリオ、異端な俺の命だけだったらお前にとっちゃ軽いもんだろ。これで気兼ね無く契約を望めるな」
ラーツィの言葉は皮肉――ではないと、クリオは思った。
「そういう何でも分かってるような顔して他人より上に距離を置こうとする態度が……」
クリオはそこで言葉を止めた。周囲の学徒の殆どがイフリートの言葉を聞いた途端安堵の顔を晒していたのが見えてしまい呆れたのだが、それ以上に同じくそんな学徒達の顔を見たラーツィが、ただ鼻で笑っただけだったのが何だかとても腹立たしくなり、最早まともに話す気を失ったのである。
「……いいわ」
言うと決めたらその言葉はすんなり出た。
「この何を考えてるか分からない薄気味の悪い男を殺して、私との契約を結びなさいイフリート」
イフリートと、ラーツィが笑った。
「ここに交渉が成立したぞ。覚悟するのだな、孤独な緑眼の少年よ」
「まあその交渉云々っていうのはあくまでお前達の事情でしかないんだけどな。だから俺がお前を倒したなら何もかもご破算だってのは忘れるなよ」
ラーツィはそう言って魔術の触媒たる杖を取り出した。イフリートが言ったように、今や周囲との隔たりに在った孤独の座はクリオからラーツィへと移り変わっていて、誰一人彼に手を貸そうとする者は居ない。
それでもラーツィの構えは堂に入っていて他者の淀んだ目線を撥ね退ける。それを気迫と呼ぶのだと、クリオは言葉で知っていても現実に見たそれをそうだと結び付けられなかった。
ただ、もやもやする感覚だけ味わっていた。
ふとさっきのラーツィの言葉を思い出す。
――寧ろアンタには意地しか無かったじゃない――
それまでに知るラーツィの学院生活を振り返り心で呟いた。それはこれから強大な魔力の化身――契約霊イフリートに殺されゆく筈の異端児への侮蔑……だけでは無いもやもやした思い。
これは時代の枷に抗い続ける少年の物語。最早まともな役割さえ持たないままに惰性で生きる人間達の中に在って、自らの証明の為に苦難と戦い続ける緑の瞳の少年の物語……
――第0話 完――
レイディアント・ウィザード ~燃える緑眼の魔法学徒~ 神代零児 @reizi735
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。レイディアント・ウィザード ~燃える緑眼の魔法学徒~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます