第50話 宴の終わりと蒼き星(5)

 街の入口に馬車が止まっていた。

 馬車の天井には、アイゼンランド公国の国旗が風になびいている。


 重たいプレートアーマーを胴に身につけている兵に声をかければ、早朝の勤務に緩んでいた目元が急につり上がり、男は妙にぎこちない動作で俺に敬礼した。


 一応、俺達も軍属だ。

 そして国内外を問わずに有名なマルクの下で働いている人間だ。


 そこそこに兵たちには顔を知られている、ということさ。


「お待ち申し上げておりました、ルドルフ殿。昨晩はおつかれさまであります」


「おう」


「お体はもうよろしいので」


「まぁな。お前らとは鍛え方が違うのよ」


 一般兵は俺の体の秘密について知っていない。


 マルクの不死については戦略的な意味も込めておおっぴらなものとなっている。

 そんなマルクの存在に対する備えの側面を持っている俺は、一部を除いて、この身に帯びている呪いについての情報を制限されてあいる。


 当然、将軍ならまだしも、兵卒ごときが知っているよしもない。

 昨日の教皇の身柄を巡る大激闘は、場を収めたのが俺ということもある。

 嫌でも部隊内で俺の話は伝わるだろう。


 格好付けたつもりはないが、こう答える他にない。

 こういう時、不死身という人ならざるこの生が実に不便なものだと痛感する。


「悪いが今すぐ出発する。既に準備の方はできているんだな?」


「はい。教皇さまはすでに馬車の中に。それと、昨晩、ウド様がこちらにこられて何かをされていきましたが」


 拘束魔法をかけに来たのだ。

 教皇さまだなんていう、ウチの隊長殿よりも知名度のある人物の護送だ。

 ただの馬車では心もとない。


 そこは魔術的な防御対策をして、不逞の輩に対する備えはしておくさ。


「よし。後は俺達でなんとかする。下がっていいぞ」


 はっ、と、再び敬礼をした兵はそのままそそくさと俺たちに背を向けて、公国軍の野営地に向かって駆けていった。


「さてと、尋問は俺がする、フリッツ、悪いが手綱を頼めるか」


「カミルのように上手くはいかねえが、それでもいいなら」


「頼んだ」


 しかたねえなとフリッツ。


 不必要にため息を吐き、掌を上にして広げ彼は肩をしゃくった。

 ヤニのこびりついた歯。


 せっかくの若い見た目を損なうような意地の悪い笑顔である。


「命の恩人の頼みだ、聞かないわけにはいかないだろうよ。どれ、任せておきな」


「いちいち言葉のお多いやつだ」


「無駄口を叩くのは間諜の職業病みたいなもんだよ。アンタも知っているだろ」


「違いないな」


「街に着くまでには割らせておけよ。アンタ、意外と人がいいからな、心配だぜ」


 相手を見てから物を言え。


 いくらあの魔女の縁者とはいっても、もう随分と年老いた爺さんを相手に、派手な尋問なんぞできるものではない。俺の胸の呪いをつかえば、多少の手荒な真似はなんとかなるが、あんな奴を相手に、それを使うのもどうかと気が引ける。


 まぁ、そこそこにやるよ、と、空返事をする。

 フリッツにまた俺も背を向けると、馬車の横っ面に付いている扉を開いた。


「よう、昨日ぶりだな」


 口に猿ぐつわをされて、後ろ手に拘束された哀れな爺の姿がそこにはあった。


 ウドがそうしたのか、馬車の中は案外に暗い。

 そこに急に光が差し込んだのだ、教皇はびくりと肩を震わせると、逃げるようにして馬車の角へとその身を寄せた。


「そう怯えるなよ。何もお前を処罰しにきたわけじゃないんだ。友好的に行こう」


 扉を閉めて教皇の傍へと寄る。

 涎にまみれた猿ぐつわを外せば、まずは、耳を劈くような罵声が俺を襲った。


「こんなことをしてどうなるかわかっているのか!! 貴様、あの白金の魔女を敵に回したのだぞ!! あの魔女さまがどういう」


「知っているよ。てめえみたいな昨日今日の付き合いのやつより、よっぽどな」


「なにを」


「お前こそ何も知らない。あの魔女が、失敗した奴に対してどれだけ非情かってことを。こうして護衛してまで国に送る意味をよく考えたらどうだ」


 いちいちこんな小物相手に、刺客を差し出すほど奴は甘くはない。

 それでも、この物分りの悪い爺を黙らせるには、これくらい言った方がいい。


 教皇などという場を取りまとめる役職に着くくらいだ、物分りは悪くとも状況判断くらいはできる。先程までの威勢のよい罵声はどこへやら、すぐに、彼の表情は悲壮感で満ち溢れた。


「私、私は仕方なくあのお方に力を貸しただけだ。神に誓って、私は神の子らとこの大陸に住まう人々に害意を持ってこのようなことをした訳ではない」


「んなことは、俺達にとってみればどうでもいいことなんだよ」


 嘘を吐くその顔を俺は平手打ちにする。


「吐いてもらうぜ、あの魔女の居場所を」


 老人は、眼に涙をにじませてこちらを見上げた。


 何が仕方なくだ。

 あの女が人を脅して協力するタマかよ。


 そんなことをなくても、てめえみたいに擦り寄る奴はごまんといるのよ。

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