第20話 教会(5)
「いけませんルドルフ様。あんな目にあったのに、急に動いたりしてはお体に触ります。私、今からでもフランツ様に申してきますわ」
「いや、良いんだよパウラ」
「けれども」
「私もあの会議に目的が合って参加している。のんきに寝てばかりも居られない」
そう言ってたしなめれば、むす、と、明らかな不満が頬に膨らんで出てきた。
ヒルデよりも歳が若いんだったか。
どこぞの馬鹿力娘と違って、こんなしぐさも可愛らしい限りだ。
そんな彼女の柔らかい頬に俺は手を当てる。ありがとう、と、昨日の礼を述べれば、少し肩をすくませてパウラは、熱のこもった目でもって俺を見上げてきた。
修道女相手に何をやっているんだ俺は。
ヒルデに知られたら色んな意味で怒られるだろうな。
「やぁ、すまない、これなんてどうだろうかね。おっと、これは失礼」
案外に早く部屋へと帰ってきたフランツが扉の前に立ってこちらを見ていた。
失礼、ではないだろう。
知人の修道女の不貞を叱ったらどうなんだ。
どうにもこの神父、清貧をもっとうとする会の代表にしては、なまぐさに過ぎるような気がする。悪いやつではないのは間違いなさそうだが。
違うんです。
すぐに俺の手を払いのけると、パウラは扉の向こうに消えた。
それじゃ否定していないようなものだろう、と、呆れて突っ立つ俺の前に、フォフォと、意地悪そうな笑い声を上げて、フランツが戻ってきた。
「なにをからかっているんです。修道女を相手に、神父のすることではないですよ」
「いやいや、修道女だからと言って遠慮することなんてない。いい人がいれば、別に抜ければいいだけのことだ。それが人の営みというもの」
「馬鹿をおっしゃいますな、私は、これで妻帯者ですよ」
「ほう、そうだったのかね。それはなんとも。お似合いだと思ってしまったよ」
よしてくれ。本当に。
胸に抱いた自分が着ているのとそう変わらない服を揺らして笑うフランツ。
いよいよ、このおっさん、本当にローラン王国の要人なのだろうか。
どうにもあやしくなってきた。
こういう明らかに人が良いだけの人畜無害の人物が組織の代表者だなんて、案外に脳天気な組織なのかもしらんな『麦踏み童の会』は。
少し呆れた感じにため息を吐きながら、俺はフランツから服を受け取った。
なるほど、礼服なんて言ったが、彼ら『麦踏み童の会』のメンバーが着ているという、飾り気も何もない無地の修道服である。
「ですが、これで会議に出るというのは、少し」
「まぁ、これだと、ウチの会派の人間に見られるかもしれませんな」
「一応、私は帝国民なのですが、構わないのですかね、こんなことをして」
「なに気にするでない。帝国民である前に、神の僕たる我らである。信仰の前には、国境などというものは、無いに等しいものじゃ」
まぁ、こちらとしてはローランの奴らに目をつけられないだけマシなのだが。
彼がそうしろというのなら、俺には特に断る理由はない。
布袋に手足と首を出す穴を開けたような簡素な造りの服装である。
爺さんの使っていない服ということで、入るかどうかと少しばかり気を揉んだが、すんなりとそれは俺の体を覆った。
ふむ、これなら問題なかろうて、と、フランツ老。
「馬車を待たせておる、着替えてすぐのところで悪いが、もう出ようかのう」
「はい」
疑うこともなく、俺はフランツの誘いに乗じて部屋を出た。
おそらくフランツとパウラが居住していると思われる部屋が並ぶ廊下から、炊事場に入ってすぐ右手の扉を開ければ、そこが裏庭へ通じていた。
そのまま、扉が開いた方の反対側を向けば大通り――昨日、俺が襲われた場所が見えた。
「そうじゃ、一緒に倒れていた娘さんは、知り合いだったかね」
突然、思い出したかのように、フランツはミアの事を話題に上げた。
知り合いだなどと言えばややっこしくなる。
パウラに対してもそうしたように、俺は、いいえと、ミアには悪いが、彼女のことは知らないことにした。
そうか、と、フランツは頷く。
「この季節は特に物騒じゃ。きっと、娘さんは、どこぞの国の間者か何かだったんだろう。それがこうして、夜陰に紛れて始末される、なんてのは、よくあることじゃ」
「そのようですね」
「はやく忘れることじゃな。ワシもそうするようにしておる」
行こうか、と、フランツに誘われて中庭を進む。
以前に、ここに住んでいた時に、酔狂で植えた木が残っていた。
そんな木の影から、隠れるよにこちらを見ている視線が合った。
先ほど、部屋を出て行った、パウラである。
なんだか物悲しそうな顔をする彼女に、俺は柄にもなく、微笑みかけてみた。
「あの、ルドルフ、さま!!」
きっと気恥ずかしくて顔をそらすだろう、そう思っていたのだが。
俺の予想に反してパウラは、こちらに向かって声をかけてきた。
突然のことに面喰らう。
足を止めたのは、何も俺だけではなく、フランツもまたであった。
あ、あ、と、どもりながら、なんとか彼女は口を動かす。
思いあぐねいている感じ、昨日、俺にその身の上を語った時とは裏腹な、淋しげに彼女は涙ぐんだ。
「ひ、ヒルデ、様に、どうか、よろしくお伝えくださいませ」
「あっ、あぁ、伝えておくよ」
愛でも告げられるのではないかと、少しばかり身構えていた。
手前、そんな彼女の言葉に拍子抜けさせられた。
なんともいじらしいじゃ無いか。
ヒルデには無い純真さだ。
駄目な奴だな、俺も。
こんな娘を、たぶらかしていいような、人間じゃないだろう。
フォフォフォ、と、フランツの笑う声。
俺は静かにパウラに礼をすると再び大通りに向かって歩き始めた。
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