第6話 内海の都(6)

 さて、話を戻そう。


 フリッツを毛嫌いしているヒルデはともかく。

 マヤの奴は馬車からひょっこりと顔を出すと、その天真爛漫な笑顔を、傲岸不遜なフリッツへと向けた。


「おいちゃん。どしたのそんなおめかしして」


 顔は笑顔だが、言葉はすこぶる悪い。


 別にそこに悪意などは微塵もないのだ。

 単に子供は残酷ということである。


 ただ、残念なことに否定することができない事実。

 思わず口から息が吹き出た。


 と、そんな俺達にフリッツは顔をしかめる。


「どうしたのじゃねえよ。お前らと同じ教皇会議に出るからな。それなりの格好してるんじゃねえかよ」


「壊滅的に似合ってねえよな。お前、お恵み目当てに紛れ込んだ乞食の方がよっぽど怪しまれないんじゃないのか?」


「んだとルド。おめえも五十歩百歩だろうが。どこの野盗貴族だよ」


「喧嘩は止めなよ二人とも。私らがどんな服着たってどんぐりの背比べってもんさ」


 フリッツの後ろから顔を出したのは乳白色のドレスを着たヘルマ。

 普段は跳ねるままの髪の毛を梳かして、鼻頭のアバタを白粉で隠している。眠たげな瞳がいつものおっとりとしたのとは別の妙な妖艶さをかもしだしていた。


 何を着せても仏頂面な誰かさんとは大違いな似合いようだ。

 おぉ、と、マヤが唸ったのも頷けた。


「馬子にも衣装とは言ったもんだな。えらいもんだ」


「だろう。俺も驚いたね。衣装一つでここまで化けるとは思いなんだよ」


「ちょっとアンタら、何言ってんのさ」


「ヘルマ、すっっごい綺麗。どうしたの、ヘルマじゃないみたい」


「マヤ、アンタまで。いや、せっかくなんで里帰りしたらさ、親父とお義父さん、あとアイツに捕まって。夜会に出るならそれらしい格好をしてけってさ」


 私は別にどうでもよかったんだけれど。

 そう、照れた感じで言うのも、なかなかに似合っている。


 こりゃ、今回の作戦で一番苦労するのは彼女だろうね。


「そうか、先んじて出たはずのお前らと、ここで顔合わせるのはおかしいと思ったが、ヘルマの故郷に寄っていたのか」


「ローランとの国境だからな、俺の情報収集がてらって奴よ」


「何か情報は?」


「事前情報から特に変わったことはねえな。残念なことに」


 役立たずめ、と、並の内偵相手であれば軽口も出るだろう。


 だがフリッツ相手ではこれが簡単には言えない。

 こいつが手に入らなかったということは、どうあがいても、それ以上の情報は出てこないということだ。


「ただ、一つ気になる噂は聞いた」


「気になる噂?」


 確証のない情報に躍らされるのはどうかと思うが今は情報が足りない。

 だが、火のない所には煙も立たない。

 噂が立つというからには、何かしらのその要因があるからだろう。


 話してみろよ。

 そうこなくてはという顔をすると、フリッツは少しばかり声のトーンを落とすと、その噂について話し始めた。


「今回の王弟派の反乱だがな、裏で一連の計画の手引をした人間として、思いがけない人物の名前が出てきている」


「勿体ぶってんじゃねえよ。コランタンが出てきた時点でもう驚きやしないって」


「ローラン王国、国母マリアンヌ」


 そりゃ別だ。


 噂話にしちゃあんまりに物騒な名前じゃないか。国母だぞ。

 ハメようとした国王の実の母が、どうして反乱に手を貸さなくちゃならんのだ。


 そこに加えてマリアンヌはその事態を収束させたコランタンの元パトロンだ。


 あり得ない。

 どうしてその名が出てくるのか。


「王弟は確か第二妃の子供だったよな? 手を貸す義理がない、ただの噂だろう?」


「いや、それがそうとも言えん。よく考えてみろ。コランタンが引退してからというもの、国母派の政治屋たちは順次要職から降ろされていっている。今やローランの宮廷内では、純粋な国王派の人材のほうが多いくらいだ」


「そりゃ国母派筆頭のコランタンが退けばそうなるのは明らかじゃねえか」


「それでもここまで影響力を削がれるとは国母派としても想定外だろう。国母派としては、再び宮廷内に、頼れる参謀を呼び戻す必要があった」


 なるほど。

 コランタンが再び宮廷内に戻って来るのが目的か。


 ならば、王弟の反乱はもってこいの材料だろう。

 彼女たちが積極的にことに加担する、あるいは、利用する、というのは考えられなくもない話だ。


 国王派にもコランタン程ではないが人材が居ないわけではない。

 それを差し置いて、こういう事態になったのも、秘密裏に、彼らが裏で手を回していたからではないのか。


「ただよう、お前が噂って言うからには、裏は取れてないんだろう」


「流石に話がわかるな。伊達に歳食ってる訳じゃないね」


「うっさいボケ。お前に言われたかないわ」


「あくまで国境の内側で聞いた話だと、噂の域を出る以上の情報には至れなかった、って所だな。あんまり時間もなかったから仕方ないんだが。まっ、与太話程度に頭の隅に置いといてくれれば良いことあるかもしれん」


 そりゃどうも、と、俺は早速フリッツの話を頭の片隅に置くことにした。


 こいつの情報が今まで役に立たなかったことはない。

 だが、それはあくまでこいつが情報と言い切るだけのネタだけの話だ。


 噂と前置いて裏切られたことは、まぁ、少ないにしてもないことはない。

 そんな話を元にして、どうこうするのは流石に馬鹿げている。


「そんな情報を伝えにわざわざ寄ってくれたのか。だとしたらありがとうよ」


「んな訳ないだろうがよ。偶然だよ偶然。っと、もう一つあったな。一足先に出たお前らに、ニコラウスから伝言だよ」


「ニコラウスから?」


 国で何かあったのか。


 まぁ、俺達に入れ替わりで、トリスタンとジーモンが帰ってくるからよっぽどの大事にはならないと思うが。


「マルクの奴がローラン王国で拘束された」


「あぁん?」


 そりゃ話が別だ。

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