第17話 オランを覆う影(2)

 なんにせよこれで魔法部隊の面子はオランの街に全員揃った。

 マルク一人に任せてもおけない。


 まずは敵に当たるとして、陣営を整えなければ。


「ウド。浮き島に非難した者の中で、戦えそうな奴等は居るか」


「数十人は。一応、農具なりなんななり武器になりそうなものを持たせてある」


 突然現れた死人の群れに浮き足立ちはしただろうが、一度浮き島に非難したことで今は冷静になっているはずだ。彼らも、今、自分達の人命を、そして自分達の街を守るために、今、何をしなくてはいけないのかは分かっていることだろう。


「人命最優先なんて寝言も言ってられねえ状況だ、悪いがそいつらを死人たちの前線に出してくれ。ユッテはヒルデと場所を代われ、あいつの馬鹿力より、お前の炎の方がよっぽど有効だろう。遠慮はするな、ガンガン燃やしてやれ」


「分かったよ大将」


「リヒャルトは浮島で待機して、泳いでくる死人を撃ち殺せ。そのくらいのことは出来るな」


「その程度ならまぁ」


「ウドはこのまま逃げ遅れた人を救え。と、その前に、俺とヒルデでマルクを追う。悪いが魔法で教会に送ってくれ」


「分かった。分かったけれど、ルドルフ、その左腕はどうしたんだい」


 止血と腕を突いたときの痛み止めにと、上着の布を巻きつけてある左腕を見て、ウドは心配そうな顔をした。


 なに、大丈夫さ、と、俺はいつもの調子で気丈な台詞を吐いておく。


 隠してはいたが、やはり目ざとく見つけたか。


 俺が行くよりも、ユッテかウドが行ったほうがよっぽどマルクの役に立つだろう。


 ただ、俺にはマルクとの約束があった。

 どうやっても違えることの出来ない。

 ただ一人、として、彼に誓った約束があった。絶対に、彼の元に向かわなければならない。


「それとウド。この娘も、一緒に、浮島へ」


「ガァッ!! イヤダ!! アダジ、ワ、ネエ、ヲ、サガズ!!」


「愚図るんじゃないマヤ。安心しろ、ちゃんと、婆さんの仇は取ってやるから」


 それでも嫌だと叫ぶマヤを、リヒャルトに押さえさせる。

 やれ、と、俺が言うと、たちまち三人の姿は霞と消えた。


 次いで、俺の周りの景色が変わった。

 昨日見た、『天を見上げる山羊』のステンドグラスが目に入る。ウドの転移魔法により、一瞬のうちに俺はオランの街の頂上へと移動した。


 すぐに俺の隣の空間にもやがかかった。

 すぐさまその白い靄は晴れると、得物の戦斧を手にしたヒルデが、荒い息をして俺の前に現れた。


 と、現れざまに、ヒルデは俺に向かって手にした斧を振り下ろしてくる。


「たぁっ、大人しく、土に、お還りなさいな!!」


「どうぁっ!? 危ないだろうが、この、アホ!! ちゃんと前を見ろ!!」


 振り上げるところからの一撃だったため、動きを充分に見切ることができ、なんとか横に避けれた。だが、危なかった。もう少し反応が遅かったり、攻撃動作の途中で現れられたら、俺もこの街にはびこる死人達の仲間になってしまうところだ。


 あらルドルフ、と、斧を地面にめり込ませて言うヒルデ。

 息こそ上がっているが、仲間に攻撃をしておいて、こんなすっとぼけた言葉を吐ける辺り、やはり要らぬ心配だったか。


「ここは、ディーター卿の教会!? そんな、私、先ほどまで湖畔で死人達と」


「なんの説明もせずに飛ばしたなウド。まったく、そんな焦らなくても良いのに」


「その口ぶり、さてはまた貴方の仕業ですわね、ルドルフ!! まったく、貴方と来たら!!」


 いつもいつもと、いつものお小言が聞こえるかと思いきや、ヒルデは言葉を急に止めた。


 視線は俺の腕。


 やれやれ、どいつもこいつも、目ざとく見つけてくれるよ。

 まぁ、わざとそうしているというのもあるのだけれど。


「どうしましたのその腕は!?」


「なに、ちょっと死体に不意をつかれて切り落とされただけだよ」


「切り落とされた!? 何をそんな暢気な――駄目です、貴方は下がっていなさい!!」


「大丈夫だって。この程度でどうにかなる俺じゃない。お前も知ってるだろ?」


 この部隊で一緒になってかれこれもう数年になる。

 いい加減、慣れろよ、と、俺は軽くヒルデの言葉を流した。


 しかし、そんな俺の冷めた態度への返答に、彼女は力一杯のビンタを持ってきた。


 いつもの魔力を込めた一撃なら、俺の顔はそれこそ彼方に飛んでいただろう。そうならなかったのは、彼女が、魔力を込めずに、俺の頬を叩いたからだ。

 馬鹿。


 昨日の夜にも聞いた罵倒の言葉が、俺の耳の中をかき乱した。


「どうして貴方はいつもそうやって、こんな無茶をいたしますの!! 幾ら貴方が、それでよくっても、もっと、もっと自分の体を大切にしなさいな!!」


 ヒルデは泣いていた。


 柄にもなくという訳ではない。

 もとより、この娘はよく泣く娘だ。人の為に涙を流すことの出来る娘だ。

 俺と、マルクのことを知って、それを悲しんでくれた娘だ。


 誰よりもこいつが優しい娘なのを、腐れ縁の俺が一番よく知っている。

 そんな娘に、どうでもいい、なんて、俺も残酷なことが言えたものだよ。


「悪かった。心配してくれてるのに、そんな言い方はないよな」


「いつもそうですわ。貴方は、いつだって勝手に一人でなんでも背負い込んで無茶ばかりする。仲間の私たちの気持ちを、少しくらいは考えたらどうですの」


「あぁ、悪かったよ。だから、なっ、泣き止んでくれ」


 泣いてなど居ませんわ、と、気丈に振舞ってヒルデは俺に背中を向けた。


 その時。

 音を立てて、教会の扉が開いた。


 中から多数の死人の列がこちらに向かって歩いてくる。


「貴方はそこで見ていなさい。ここは、私が片付けますわ」


「そうさせてもらうよ」


 涙を振り切るように、ヒルデは、死人の群れへと向かった。


 まず、先頭を走ってきた死人が、ヒルデの斧によって弾き飛ばされた。

 その威力たるや凄まじく、飛びながら当たった死人の体を崩し、最後は、教会の壁へと減り込み、潰れた。


 次に来た死人の頭を、下から返した斧で穿つ。

 斧の先にぶら下がったその死体を、迫り来るほかの死体にぶつけて薙ぎ払う。


 ヒルデを中心に、斧の長さだけの間が開いた。

 すかさず、ヒルデは斧を地面に打ちつける。砕けた石畳が四散して、波状的に死人たちの体へと突き刺さっていく。そして、呆然としている死人を吹き飛ばし、頭を砕き、ヒルデはそれを駆逐していく。


「これで、終わりですわ!!」


 死人の数が一定量を切った所で、彼女はその魔装を解除した。

 筋力強化の魔法を好んで使う彼女の魔装は、また、その得意の魔法と同じで分かりやすいものだ。


 蓄積した魔力の放出による、衝撃波による強化攻撃。


 一度に五人の死人が宙を舞った。

 そして、弾き飛ばされた死人たちはドミノ倒しの要領で、どんどんとなぎ倒されていく。


 死屍累々。

 ついに、ただの肉塊へと変わり果てたその光景の前で、ヒルデはその赤く汚れた長柄の斧を地面についた。


「さぁ、雑魚は片付けましてよ。行きましょうルドルフ」


 相変わらず、こと戦闘においては頼りになる女だ。


 差し出された彼女の手を右手で受けると、俺は死肉の海を渡って、ディーターとグスタフ、エゴンとヨハンナ、そしてマルクが待つ教会へと足を踏み入れた。

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