第301話 反撃の狼煙(のろし)

 こんな状況だ。

 その女の人も呆気にとられていて、手首に当ててるナイフのことも忘れたようだった。

 こういうのなんていうんだっけ? ああ、怪我の功名か。

 使いかたあってるか? でも、その人の手首には怪我なんて簡単な言葉じゃかたづけられないほどの古傷があった……。


 寄白さんも黙っておれらの動きを見ている。

 そして、そのままおもむろにしゃがみ、女の人が力なく持っているナイフをそっととった。

 その女の人も俺らのやりとりを見てるけど、この薄暗さで夜目も使えないからなにがなんだかわからないだろうな。

 

 ――幽霊。


 ……その女の人がぽつりとそういった。

 さっきも幽霊っていってたけどなんのことだ? たしかのスーサイド絵画はそのたぐいのものだけど。

 俺がこのビルの屋上にきたとき、あっ!?

 そっか、そういうことか。

 女子高生の幽霊は社さんのことだったんだ。


 やっぱり社さんのほうが先にここにきてたんだ。

 時系列でいえばそういうことになるよな? おそらく寄白さんは俺らが校長室からでたくらいに社さんに虫の報せでこの状況を知らせてた。

 

 この人は俺らがくるより前に「スーサイド絵画」と「社さん」を見てたんだろう。

 それが「女子高生の幽霊」の正体。

 社さんは張り巡らせた弦の上に立ってるんだから宙に浮いてるように見えなくもない。

 空に浮く女子高生、これで女子高生の幽霊の完成だ。


 もちろん社さんだってうかつに一般人に姿をさらすことなんてしないけど、状況が状況だけに制服姿を見られてしまったんだろう。

 今なんて目に包帯を巻いてるようにも見えるし、そのの中央には黒い十字架もある。

 異様っちゃ異様だ。

 といっても、この女の人は今茫然自失しずかにしてるけど……。

 ありえない現実だからこうなるのもしかたないか。


 「沙田くん。スーサイド絵画の後方にはすでに私の弦がある」


 あの透明ななにかって社さんの弦だったのか? これであれが敵の能力者じゃないことがはっきりした。

 ついでに蛇もいない。 

 早めにスーサイド絵画をおれの持ってる十字架のイヤリングに収納しないと。


 「というより、この辺り一帯は私の能力のひとつであるで覆ってるの」


 「”はりこ”ってよくきく張り子? 張り子の虎の張り子?」


 「そう、張り子は”張りぼて”ともいって、ここは亜空間を使えない立地条件だから変形型のいとで張りぼてを作ってるの」


 ここってビルとビルのあいだにあるし、この女の人もいるし、スーサイド絵画もある。

 たしかにこれをまるまる亜空間に移動するってのは難しいだろうな。

 社さんは弦を規制線のようにあたりに張っていた。

 ってことは夜の薄暗さも味方してるし張りぼての外側からはこの状況は見えないってことになるのか。

 

 「沙田くん」


 「ん? なに?」


 「ギリシャ神話でペルセウスはどうやってメデューサを倒したか知ってる?」

 

 ゲームやアニメ好きの俺なら当然、知ってるさ。

 ……そういうことか。

 

 「メデューサの目を見ると石になるから盾に映ったメデューサの姿を見ながら首を撥ねた」


 「そうよ。ちなみにそのときの盾はメデューサの盾とも呼ばれる望具らしいわよ」


 えっ、あれも実在してたのか?って、まあ、パンドラの匣やソロモン王のヤキンがあるんだから当然といえば当然か。


 「でも望具なんだ?」


 「メデューサの盾はペルセウス剣であるハルパーと一対とすることで望具になるそう。そしてそれは具現化したアンゴルモア討伐のさいにも使われた」


 マジ!?

 アンゴルモアは【空間掌握者ディメンション・シージャー】の一条さんと寄白さんの特殊校の先生でもある【 気象攪拌者 ウェザー・マドラー 】の二条さんが退治した超巨大なアヤカシ。

 その戦いにメデューサの盾という望具が使われてたのか? やっぱりいろんな能力者がいろんな作戦を練って世界を救ってるんだな。


 「それで俺はどうすれば?」


 社さんも同級生だけどアヤカシとの戦いにおいては雛先輩・・・だし、意見を訊くにかぎる。


 「水の式神を凍らせたものを幾重に重ねて鏡の代わりにする」


 「えっと、じゃあ、それを見ながらスーサイド絵画を捕獲すればいいんだね?」


 「いいえ。念には念を」


 寄白さんも同じことをいってたな。

 違うのか? やっぱり能力者ってのは慎重に作戦を立てないといけないんだな。


 寄白さんも社さんも九久津も、自分の戦いかたを持ってる。

 それはきちんと自分たちで考えた作戦だ。

 俺も早くその域までいかないと。


 「鏡越しにスーサイド絵画を見ても忌具の効果が無効化されないかもしれない。だから氷の表面をところどころ屈折させて虚像きょぞうを作るわ」


 「どういうこと?」


 「沙田くんが見るスーサイド絵画の動きとスーサイド絵画のじっさいの動きとは別になるから。よく聞いて」


 「うん」


 「私は美子のイヤリングの力のひとつ千里眼 クレアヴォイアンス を使ってるからスーサイド絵画の動きをフィルタを通したうえで俯瞰でながめることができるの」


 「ああ、それで眼の位置に十字架のイヤリングを?」


 「ええ。私が早くここにきて千里眼 クレアヴォイアンス で調査したかぎりだけどスーサイド絵画は蛇行なんかのような複雑な動きはできない」


 おっ!!

 それは良いこときいた。 

 スーサイド絵画は直線上にしか動かない、いや、動けないのかもしれない。


 だとしたら急激な方向転換はできないってことだよな? たしかに俺がスーサイド絵画を見てたかぎりでも前後にしか動いてない。


 やっぱり女子高生の幽霊は社さんのことで間違いないな。

 社さんは俺らより一足先にきてスーサイド絵画の動きを探ってたんだから。


 社さんが今、寄白さんのイヤリングを使ってることを考えると、寄白さんは俺と校長室からでたくらいに虫の報せを使ってたってことになるのか。 

 「六角第一高校いちこう」にいたときは、まだ寄白さんの耳にイヤリングはあったからな。

 だったら寄白さんがこのビルに飛び移ったタイミングで社さんにイヤリングを渡したってことになるのか。


 ……でも、それって、社さんにはスーサイド絵画の動きを探る時間なんてほとんどなかったことになる。

 なのに社さんはもうスーサイド絵画の動きの特徴を掴んでる。

 寄白さんと社さんはこの短期間にそんな綿密な計画を立てていた……? いや、じっさいに現場にくると現状が違うってのはよくあることだ。


 俺がふつうに生活してても、これ違うんじゃないかって場面は何回もあった。

 今回の寄白さんと社さんの計画は、どっか一点でも狂えば成功から遠ざかるようなものじゃなくて、もっとフレキシブルな計画だろう。


 あれがだめなら、こっちでいくって瞬時につぎへ切り替える柔軟性が試される。

 この状況もそれくらいの判断が要求される事態だ。

 

 社さんがスーサイド絵画の動きの特性を掴めたのも偶然か、あるいは常にスーサイド絵画の側面だけを見ていたとか? なんにしろ、またここで俺との経験値の差がでた。


 「わかったよ。社さん」

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