第266話 妖精

 山田は両手いっぱいにくしゃくしゃの『保健だより』を抱えて満面の笑顔で教室に戻っていった。

 寄白さんはそんな山田の背中を見ながら――まだだな。そういった。


 「なにがまだなの?」


 「あいつの歓喜がたりない」


 「いやいや、十分に喜んでたよ?」


 「私にはわかるんだ」


 「そう、なんだ?」


 「ついでに雛にもわかる。たぶん九久津でも」


 俺はそこで言葉の意味がガラっと変わったことに気づいた。

 社さんと九久津でもわかる……ってことはアヤカシ関係だろう。


 「俺じゃあ無理?」


 「いや、前もって話をきいていれば」


 寄白さんはそこで言葉を切った。

 そして流し目で俺を見る。

 意味深な感じだけどなにかを伝えてくれているような感じだ。

 

 「さだわらしでもわかるさ」


 昨日俺は『保健だより』はアヤカシとは無関係だと思ったけどまさか関係あったとは? 姉妹の何気ない日常の話とかって思ってたのに。

 俺が勝手に思い込んでただけか? う~ん、よくよく考えれば寄白家もアヤカシと戦ってる家系なんだから日常がアヤカシと共にあるんだよな? 校長だって能力者なんだし、ただ姉妹でふざけ合ってたってことでもないのか。


 「本当?」


 俺はおそるおそる訊き返した。


 「ああ、注意深く観察すればな。人間離れしたように目つきが変わる。それに狂ったような高笑いをすることもある。コントロールできないような感情の起伏。ありえないように体が柔軟になるとか」


 柔軟って昨日の山田も廊下の角を曲がったあとそんな感じになってたな。

 

 「……? け、けっきょく山田ってなんなの?」


 寄白さんは辺りを見回してから声を細めた。


 「ことの発端は雛が読んでいた本さ」


 「本って、社さんは読書好きだよね? それがどう関係あるの?」


 「雛はもともと読書好きで主にミステリや推理ものを好む」


 うん、知ってた。

 しかもまさにって感じの読書家の美少女高校生。

 

 「昨日も切り裂きジャックのノンフィクション小説を読んでたよ」


 「雛はそんな読書生活のなかである共通点をみつけた」


 「共通点?」


 「そうだ」


 「世界で名だたるシリアルキラーと呼ばれる人物の側にとある・・・アヤカシが関わってるんじゃないかって」


 シ、シリアルキラーって……じゃあ社さんが追ってるっていうシリアルキラーのデスマスクと山田に関係があるってこと? あいつとシリアルキラーのデスマスクに接点? 山田シリアルキラーなんて日常と非日常で真逆じゃん。


 「ア、アヤカシ?」


 「そのアヤカシがシリアルキラーにしてしまった。というよりは雛はそんな嗜好の人物にそのアヤカシが入ってしまう可能性を考えた。だとしたらそれは史実に残る前から暗躍していたことにもなる」


 暗躍ってそれはもう蛇しか思い浮かばないけど、はは、まさかだよな。

 

 「そんな寄生タイプのアヤカシがいるんだ?」


 「棲みやすいところに棲むのは当然のこと。ただ単純な寄生とも違うんだ」


 「そうなんだ?」


 「もしかしたら魔障医学の分野に入るかもしれない」


 ま、魔障医学ってじゃあ只野先生なら知ってるのかもしれないのか。

 けど魔障医学ならやっぱ蛇は関係ないじゃん。


 「さだわらし。この六角市のシシャの言い伝えを覚えてるか?」


 「シシャ」の言い伝えってあの六角市に広まってるあれだよな。

 えっと、たしか。


 「――天使だとか魔物だとか、はたまた妖精、妖怪などといわれてる。だったっけ?」

 

 「そう。それがこいつ」


 寄白さんは俺にスマホをかかげた。

 画面にはとある画像があった。

 な、なんだこいつちょー怖えーじゃん!!

 トンガリ帽子にギョロギョロの眼、やけに下の牙が長くて、西洋の木こりのような服装をしている。

 そいつの背中には左右に数枚トンボのような羽が生えていた。


 「こ、こいつはなんなの?」


 「妖精」


 よ、妖精だとぉー!! 

 妖精っていえばピーターパンにでてくるティンカー・ベルのようなやつじゃないのか!?


 「こ、これが妖精?」


 俺はおもわず二度見してしまった。


 「ああ、そうだ。妖精にだって種族がある。西洋ではノームなんて呼ばれたりもする」


 また勉強になった。

 そうだすこしずつアヤカシのことをこうやって覚えておけばいいんだ。


 「こ、こんな怖そうな妖精がいたんだ?」


 「アヤカシの外来種ってことになるんだろう、な。……違和感はあるけど」


 「違和感?」


 「そう」


 「どこに」


 「アヤカシの起源にあるように鋳型はイメージによって創られるんだ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


三、アヤカシの躯体くたいについて。

 人のイメージが躯体を創造する。


 たとえば『ぬらりひょん』 

 <老人><頭が大きい><知的>などのキーワードをもとに、大まかな鋳型が創造される。

 (鋳型とは人が描くイメージが形を成したものである)


 この段階ではまだ、ぬらりひょんという概念にすぎずそこに負力が入って初めてアヤカシぬらりひょんとして誕生する。


 すなわちイメージが先行して本体が出現するということである。

 よって人間同様、ぬらりひょんという種の中に外見が完全一致するものは存在しない。

 つまり、ぬらりひょんでも目の大きさも違えば、鼻の形も違うということになる。

 (例、江戸時代と現代を比較した場合、身体的特徴からぬらりひょんと判別はできるが骨格などに明らかな違いがみられる等)


 例外として、一卵性双生児(双子)のように完全一致に近い容姿のアヤカシは存在する。

 また二卵性双生児のように、まったく別外見の同一種も存在する。


 原則的に上級アヤカシで知名度の高い個体が同時代の同時期の同空間に存在できるのは一体のみである。

 これはそのひとつの個体へ独占的に負力が流れるためであり、よそでは鋳型が形成されないからである。


 アヤカシの内面はどの負力要素がどんな割合で構成されるかによって異なる。


 動的な負力が多いほど獰猛で狂暴、等。

 静的な負力が多いほど温厚、冷静、狡猾、等。

 負力の比率によっては両性質を併せ持つアヤカシもいる。


 なお静的な負力は人の性格のように様々。

 一見、対局に位置する温厚と狡猾も静的な「負」として扱われる。

 抑えきれないような爆発的な感情が「動」、内に秘めるような感情が「静」となる。

 動的な負力によって体現したアヤカシは思考が欠落した状態が多い。


 鋳型によっても、相性の良い「負」の構成要素がある。

 例、牛鬼などは鋳型ができあがった時点で、すぐに「動的な負」を蓄積する。

 例、学校七不思議に代表される<誰もいないのに鳴るピアノ>は鋳型自体が校内に存在しているために必然的に「静的な負」を引き寄せる。


四、想像力と創造力の相乗効果。

 

 例として日本ではコックリさん(キツネ憑き)。

 その正体はきつねいぬたぬきを当て字にした動物霊だという説や、ただ単に瓶のふたの動く音が――コックリ。コックリ。と聞こえたからという説などがある。


 海外に目をむけると欧米の悪魔憑きがある。

 このことからも上記の現象はそれぞれの文化と対象者の生活圏に密接な関係がありやはり概念=人の思念がもたらす結果だといえる。


 昨今の海外事例ではスレンダーマンが顕著である。

 スレンダーマンについては、作者が創作した事実を認めたにもかかわらず体躯を得て体現してしまった例だ。

 強力なミームは近い将来、絶大な脅威になりえるだろう


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「あっ、そっか。日本国内でこの画像のような妖精の鋳型は創られにくいってことだ」


 そうだよな。

 俺が思ったことが良い例じゃねーか? 俺の妖精像ってピーターパンのティンカー・ベルのようなイメージだ。

 六角市の様子がおかしいってのに関係あるかもしれない。


 「まあ、一概にはいえないけど。ネットによって人の描くイメージ像が変化しただけかもしれないし」


 ああ、ミーム的なことならそれも一理あるか。

 アンゴルモアもミームが原因で具現化してしまったんだし。


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