第245話 合わせ鏡

 俺はシャワーを浴びて冷静になったところで洗面台の前に立った。

 頭の中も整理できて現状もなんとなくわかってきた。


 この【啓示する涙クリストファー・ラルム】は最初、忌具保管庫のなにかに障られたのかもしれないと思っていた、でも只野先生が「忌具辞典」を引き【預言の書】でそうなるかもしれないという症例ことを調べてくれた。

 でも根本的な原因はたぶん違う。

 それは患者本人おれにしかわからないことだ。


 魔障の影響を受けることを「さわる」なんて表現をしていたのもきっとの中にそういう知識があったからだ。

 俺といってもこの中に九久津の兄貴も含まれる。

 俺が九久津の家にいったあの日、忌具保管に入った時点で九久津の兄貴の知識と俺の内面が混線していたんだろう。

 ……あの赤い涙は忌具に障られたわけじゃない。

 九久津の兄貴が十年ぶりに自分の家・・・・に戻ってきた感情の変化。

 つまり俺の両目は九久津の兄貴の感情に反応したんだと思う。


 それにあの日、九久津の家からずっといなくなっていたという座敷童のざーちゃんにも逢った。

 それも【啓示する涙クリストファー・ラルム】に関係があるだろう。

 子どもだからといえばそれまでだけどざーちゃんは俺にすこしも警戒しなかった。


 ざーちゃんが九久津のスクールバッグに手を入れて九久津が声を上げたときも真っ先に俺のところへ駆け寄ってきた。

 たしかに九久津があんなふうになったら残った俺のほうに助けを求めてくるのは当然かもしれない、けどそれだけじゃないだろう……。

 ざーちゃんは九久津と同じように自分に優しくしてくれた人の気配を感じた。

 アヤカシであればそういう嗅覚も発達してそうだし。

 ざーちゃんは俺の中に「九久津堂流くぐつのあに」を見たんだ。

 

 今朝の不正アクセスの理由もわかった気がする。

 気になってしょうがなかったんだろうのことが。

 当局関係者の集まるWebにログインすれば九久津毬緒おとうとの新情報を得れるかもしれないと思った。

 そう、九久津堂流あなたはリスクを冒してでも、弟、九久津毬緒のことが知りたかったんだ。

 それはやっぱり兄弟だから。


 それにそのあとの流れまで読んでいたのかどうかわかないけど、俺の不正アクセスが魔障によるものとして決着がつくこともわかっていた。

 でも、じっさいにそれは正しい。

 あの行為は魔障によるものだし中にいる者・・・・・の仕業だ。

 俺は無意識だったし、誰も俺の中に九久津堂流あなたがいるなんて思っちゃいない。

 今のところ社さん以外にこの話をはなすつもりはない。

 ただ相手が魔障専門医となれば別だけど。


 社さんがメールで送ってくれた写真を見ながら俺は【むかしは九久津もカマイタチの扱いが下手だった】って思ったけど、あれも九久津の兄貴の記憶だろう。

 俺はいまだかつて九久津の下手な技なんて見たことはない。


 ……そして前死者の真野さんを誕生させた儀式のこと。

 儀式のことを沙田おれが知識として知っていてもおかしくないかもしれないけど、儀式に参加していない沙田おれが和紙の上を歩く紙魚しみの存在を知っていてはいけないんだ。

 校長が驚くのも無理はない。

 逆に驚かないほうが驚く。

 校長もたぶん俺に九久津の兄貴の影を感じてきているはずだ。

 けど、すべてがはっきりしない以上は隠し通さないと。


 あっ!?

 忌具保管庫にいったあの日だって俺は【預言の書】の上を歩く紙魚に気づいていた。

 思い返せば、今までなんで気づかなかったのか?ってくらい兆候ありありだ。

 【預言の書】より紙魚のほうが俺の【啓示する涙クリストファー・ラルム】になんらかの影響を与えてるだろう。

 

 ただ、どんなときに俺の感情と九久津の兄貴の感情が重なるのかわからない。

 ひとついえることは九久津と校長を心配するときは良い感情も悪い感情も溢れてくる。

 ……でも、九久津の兄貴の評判からするとらしくないよな? 九久津なみに冷静沈着な能力者なはずなのに。

 ってことはさすがの九久津の兄貴でもコントロールできないような状況か? ……ラプラスの影響? それにしても【総合魔障診療医】という医者の診断はさすがだな。

 

 ――沙田くんの症状って慢性的だよ。


 昨日のあの言葉。

 約十年前に九久津の兄貴が俺の中入ってきていたならそれは慢性的な魔障になるのは当たり前だ。

 良性の【啓示する涙クリストファー・ラルム】ってのも俺の中にいるのが九久津の兄貴なんだからそりゃあ良性だろうな。

 怖ろしいほどにすべてが一致した。

 って、まあ、それを診断できるからこその【総合魔障診療医】なんだけど。

 でも、やっぱすげー!!


 俺は何度転生しても【総合魔障診療医】にはなれそうにない。

 そもそも自分おれなんかが【総合魔障診療医】なるなんて恐れ多くてとてもじゃないけど無理だと思ってしまう。

 只野先生は救偉人の医師だし、九久津の兄貴も救偉人、六角市が生んだふたりの救偉人。

 

 九久津の兄貴はもういない故人、そんな九久津の兄貴と命を救う【総合魔障診療医】の只野先生が対峙したのか。

 「救偉人」を「救偉人」が診るなんてなんか運命的だよな。

 まるで対極のふたりだけど、そんなふたりの偉大さをあらためて知る。

 救偉人ってやっぱりとてつもないな人たちだ。

 それもそのはず救偉人の勲章がもらえるのは一年で十八人しかいないんだから。

 

 俺があと知っている救偉人といえば国交省の近衛さん、それと外務省の一条さんと文科省の二条さんか。

 一条さんと二条さんはアンゴルモア討伐隊の人でその功績によって救偉人の勲章を授与されたふたり。

 本当ならその日に世界が終焉おわっていたのかもしれないんだ。


 升教育委員長の――きみも将来狙ってみるかい?。って言葉じゃないけど今はすこし救偉人の勲章に憧憬あこがれる。

 看護師さんたちが只野先生の功績をスクラップしてるのも理解できるな。

 

 俺は洗面台の前でもう一回バスタオルで顔を拭き今日のぶんの目薬を差した。

 そのまま何度か鏡の前で目をパチパチしてまた鏡で眼球のチェックする。

 はぁ~だめだ、わからん。

 いたってふつうの眼球だ。

 こんなんでどうやって【啓示する涙クリストファー・ラルム】だって診断わかるんだ? あのライトで照らすとわかるのか? まあ、俺はただの高校生。

 なんの知識もない俺に診断なんてできるはずがない。

 眼球の混濁がどうのこうのっていってたっけ? 俺はふたたび鏡の中の俺と目が合った。


 「あっ、あのはじめまして。というかなんというか。いや、はじめてじゃないんですけど。でも気づいてからはじめてって意味で」


 俺はヤバいやつっぽいけど鏡の中の自分おれに話しかけた。

 学校の七不思議ってこういうのからも誕生しそうだな。


 【深夜、鏡に映った自分を見ながら自分に話かけるとどうのこうの】みたいな学校の七不思議。

 でも校内には鏡がたくさんあるから「六角第一高校いちこう」の七不思議から落選したんだよな。


 「今、考えれば思い当たる節がたくさんあります。校長と九久津のことになると反応する点とか。ただ、なんで俺の中に九久津堂流あなたがいるかわからないですし、いつからいるのかもわからないです。でも【啓示する涙クリストファー・ラルム】は中の者が伝えたいことを伝え終われば完治なおるってことですのでしばらくはよろしくお願いします。きっとそれが九久津堂流あなたのいう――ときがきたら。なんでしょう。あっ、あとときどき助けてもらってありがとうございます」


 俺はまた鏡の俺と目が合う。

 意識して見てみると俺のこのの奥に九久津の兄貴がいる気になった。

 か、鏡? そういえば忌具保管庫の魔鏡……。

 あっ、あれ? ああ、そっか、いいのか。

 レベルゼロのフロアにある忌具はガラクタなんだし、俺の【啓示する涙クリストファー・ラルム】の原因は九久津の兄貴で無関係だ。



 俺はそれから歯磨きをして寝る準備を整えて部屋に戻ると、机の上に置きっぱなしにしてあったスマホの通知LEDが点滅していた。

 誰だろ? あっ、またエネミーが【Viper Cage ―蛇の檻―】になんか書き込んだのか? ってもう寝たはずだよな? 俺はスマホディスプレイをタップし確認する。


 【明日の朝七時。六角第一高校いちこうに集合。 寄白美子】


 え、ええー!?

 マ、マジで? よ、寄白さん早すぎないですか? 俺は思ったままをそのまま返信した。


 【今日、四階で良い物・・・を見たはずだけど?】


 すぐに寄白さんから返信があった。

 ああ、未確認薄青繊維の呪い。

 こ、これはもう学校の七不思議の昇格圏内だな、俺の中でだけど。

 完全に弱みを握られてる、ぐはっ。

 ヤベー朝の七時集合に合わせて、は、早く寝なければ。

 下僕げぼくの俺は問答無用で「了解」の返信をした。

 

 ただ、寝ようと思うと逆に寝れなくなるんだよな。

 文字を読めば眠くなるんだけ? でもスマホのブルーライトは逆効果か、ああ、しのごのいってる場合じゃねー!!

 それでもなにか文章を読もう。

 俺はスマホでネットの海に飛び込んでみたけど、昨日閲覧た神話系のサイトには辿りつかなかった、いや辿りつけなかった。

 だよな……。

 

 さっき一条さんと二条さんで思い出した『アンゴルモアの大王』でも検索してみるかな。


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