第215話 後遺症(アフターエフェクト)
寄白さんはもとのサイズに戻った十字架のイヤリングを手にしながら、さらに九久津との距離を縮めて顔を険しくした。
「九久津。あの風はなんだ?」
そんな近距離でそこまでキツくいわなくても、ってそれだけ九久津を心配してるってことなんだろうけど。
風っていえばあのモナリザが
寄白さんのあまりの
「ん……?」
九久津はいたってふつうだ。
「私はあの風をはじめて見た。あれはシルフじゃないだろ?」
「シルフだよ」
九久津はなおも冷静で眉ひとつ動かさないし、発した言葉にためらいひとつない。
「違う。私はいまだかつてあんなに黒く
えっ、寄白さんくらいの長いつきあいでも、さっきの黒い風を見たことがないって?
「本当のことをいえ?」
「いや、たまたま、ああなっただけ」
九久津は無表情のまま正々堂々と答えた。
「九久津。私に隠しごとがあるのかないのかイエスかノーで答えろ?」
うおぉぉ、寄白さんがストレートに核心をついたぁ!?
さすがポニーテールのときはツインテールのときとは度胸が違う。
「答えはイエス。隠しごとはある。そして俺にだっていえないことはある。それにあの風はたしかにシルフだ」
九久津は九久津でまったく動じねーし。
さすがは六角市を守る者たち。
しかも隠しごとって言い切った。
って、ここで気になるのはやっぱり社さんのことだ。
だよね、そうなるよね。
ほんの一瞬だったけどやっぱり心配そうな顔をした。
でもすぐにいつもの涼やかな顔に戻った、いや戻したんだ。
「理由は?」
「だから
「なんだ?」
「俺は今日、病院を抜け出してきた。それはつまり、まだ正式な退院許可が出てないってこと。だから治療の一環でいえないってのが答え」
――くっ。寄白さんは口を結んだあとに――まっとうな答えだ。と降参したように両手を上げた。
でもそれは見放したのとは違う今回は譲った。
俺はそんなふうに思った。
社さんはまた心配そうに九久津を見ている。
それは校長とエネミーも同じだった。
まあ、この空気感じゃしょうがないな。
イケメン女子に心配されすぎ視聴率高けー、占有率高けー。
「美子ちゃん。わかってくれた?」
「ああ。わかった」
「だよね。だって美子ちゃは俺の治療の妨げになることはしないでしょ?」
九久津はさらに畳みかける。
「当たり前だ」
頭のキレるイケメン、九久津のほうが
「そういってくれるってわかってた」
九久津はむしろ寄白さんがそういうように誘導したような……。
それでも険悪な感じにはなってなくて、まだまだちゃんとした信頼関係がある。
九久津の言葉がたとえうそでもそれは保身じゃなくて誰かのためだって知ってるからだろう。
嘘も
人は誰かを守ためにうそをつくし人を陥れるためにもうそをつく。
「九久津そのかわり話せるときがきたらいえ。魔障にかぎっていえば
「うん。わかってる。そこは主治医ともきちんと話すから」
どうなることかと思ったけど引き分け的な決着になった。
あれっ、今、社さんが哀しそうに九久津から目を逸らした……。
それは九久津を心配しているのとは違うよう、な? 正直あの黒い風ってあまり良いものじゃないよな……? わかってるよ。
俺の中のやつも同じ考えだって。
校長はなにを思ったのかこんなときなのにあの派手なスマホをとり出してスマホを操作していた。
なんでこんなときに? この状況でやらなきゃならないことってあるか? あっ、社長だから株価とか? 俺にはよくわからないけど株って突然暴落するとかも聞くし。
けど株って夜もやってんのかな? あっ、やってるか翌朝のニュースで株価大暴落ってのも見たことがあるな。
しかも近いうちに株式会社ヨリシロの株主総会ってのがあるっていってたし。
職業の掛け持ちは大変だ。
でもこのタイミングで確認するか? という疑問もあるけど急な仕事の可能性もあるな。
……ってこんなときなのに俺のスマホも震えてるし。
誰だよこんな間の悪いタイミング連絡してくるなんて? 校長もこんな感じでついついスマホを手にしてしまったのかもしれない。
俺までスマホを見なきゃならないはめになった。
俺が自分のスマホの画面をタップすると不思議とみんな同じタイミングでそれぞれのスマホを見ていた。
なんだこの状況? スマホが
だから俺はまた俺のスマホのディスプレイをタップする。
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【寄白繰】:
・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。
・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。
・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。
(バシリスクは不可領域を通ってきた)
・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。
・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。
・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。
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ああ、そういうことか。
まさかさっきの今で【Viper Cage ―蛇の檻―】が役立つなんて。
いや、違うな校長はこれから先にもこういうことがあると思って【Viper Cage ―蛇の檻―】を作ったんだ。
さっきの五体のモナリザの襲撃も蛇の仕掛けた罠だった可能性が高いから【Viper Cage ―蛇の檻―】に六番めの項目を追加したんだ。
負力を強制的にブーストさせたのはたしかにあの藁人形の腕なんだろうけど、それ自体を仕組んだのは蛇かもしれないってことだ。
だから校長は【Viper Cage ―蛇の檻―】に六つめの項目を追加してみんなに知らせ俺たちがそれをいっせいに見てるんだ。
蛇……か……いよいよヤバい相手だってのは理解できてきた。
ものすごく用意周到に俺ら?あるいは六角市を攻撃しようとしている。
ずる賢く、陰湿にわずかな隙を狙って……校長がいっていたことそのまんまだ。
校長がスマホを持ってみんなに目配せしたときだった。
校長自身のスマホが震えた。
誰かがまた【Viper Cage ―蛇の檻―】に返信コメントを書いたのか?
「うそっ……」
校長がこぼしたその一言にブラックアウトしたモナリザを前にしてもなお冷静だった九久津の表情が一変した。
九久津の位置からはちょうど校長のスマホが見えていたみたいだ。
「……」
すこしの沈黙があって九久津が――これ、みんなにも見せていいですか?と校長に訊いた。
校長は言葉はなく、ただ、うなずくだけだった。
校長が黙ったままで九久津が声を出すなんてどんな大事件だよ? 九久津は校長のスマホを受けとるとみんなに見えるような高さにかかげた。
エネミーがさっそくそれを読み上げようとしたけど、――ひ。といったきり止まってしまった。
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