第184話 「黒い会社」と「白い会社」

 ただの体感だけど五時間目の授業が終わってから六時間目の授業が終わるまでは意外に早かった。 

 日曜日を目前もくぜんにした土曜日みたいなものか。

 ゴールがすぐそこにあるから頑張れる。

 あるいは土曜を前にした金曜日でもいい、うちの父親は完全・・週休二日で働いている。


 それがどうかしたのか?ってことだけどなるほどと思ったことがある。

 「週休二日」と「完全週休二日」は違うってことだ。

 「週休二日」は週2回の休みが1ヶ月で週に1回以上あること。

 「完全週休二日」は毎週休みが必ず2日あること。


 言葉の響きだけなら「週休二日」は「完全週休二日」の「毎週休みが必ず2日あること」と間違える人も多いだろう。

 あえてそれを示さずに就職させるブラック企業もあるって話だ。

 騙し討ちのような制度を黙って受け入れるしかないことも多いらしい。


 ――おまえも気をつけろ。って父親にアドバイスを受けたことがある。

 こんなことをするから人が苦しむんだ。

 下手をすれば「週休二日」と「完全週休二日」では7日間もの休みの開きがある。


 駅前であった飛び降り事件、俺はあの人が誰だったのかを知っている。

 正確にはあとで気づいた・・・・・・・

 まあバシリスクや俺の魔障のことで身の回りがバタバタしていたのもあるけど。

 詳細報道もされてないのになぜか? それは晒す目的というよりも被害者名目でネットに顔写真がアップされていたからだ。

  

 画像の男の人は俺が忌具保管庫を見学しにいくあのバスに乗っていて【黒杉工業】という刺繍の入った作業着を着てテレビに向かって舌打ちをしていた見た目、六十歳代くらいの人だ。


 頬にある大きな黒子ほくろであっ、あのときの人だってすぐに気づいた。

 総理が入院して鷹司官房長官の会見を見ながらイライラしていた人。

 飛び降りた理由も自分が勤める【黒杉工業】への待遇と人間関係の不満それに社会に対する怨みだった。

 

 【黒杉工業】は相当ブラックな会社だったみたいでその詳細が徐々に暴かれはじめていた。

 命がけで撒いたビラによってその悪事が白日のもとにさらされたわけだ。

 ぜんぶ結果論だけど、生きてなにかできなかったのかって思う。

 弱者が被害者のときのネットの正義感はすごい、けど現実はなにも変わらない。

 

 「証拠」というものがないと警察や関係機関も動かない。

 あの人もそれを知っていて絶望したかのかもしれない。

 飛び降りた理由とビラの内容と会社の実態のすべての因果関係が解明されないと誰も動かない。

 あの人がしたことは水の泡になってしまう。


 なあ、ラプラスおまえは因果律の概念擬人化がいねんぎじんかなんだろ? ならあの人が選んだ道を強制回避させる力もあったのか? 俺は俺に問いかけたけどラプラスはなにひとつ反応しない。

 あの日はちょうどバシリスクが現れた日で社さんと佐野も偶然その惨状を目の当たりにしたといっていた。

 そこでいくつかの運命の糸が絡まってしまったんだ。

 世界はそんなことの連続なんだろう。

 

 出逢った人すべてはそれぞれなにかの糸で繋がっている。

 俺の行動で誰かの運命が変わる、誰かの行動で俺の運命も変わる。 

 あの人は歩道にあった大きいプランターと植え込みに落ちたために大事には至らなかったみたいだ。

 すくなくともその瞬間は・・・・・

 でも、打ち所が悪くてわずかなあいだで容体が急変したらしい。


 植え込みの植物がもっとクッション性の高い種類なら助かったかもしれない。

 あの日が雨なら身を投げるのも辞めたのかもしれない。

 でも結果としてあの人は死んだ。

 この世界・・・・があの人に科した運命。

 

 俺がバスで見たあの人は翌日の午後に身を投げた。

 他に相談できる人はいなかったのか? 誰か助けてくれる人はいなかったのか?

 きっといなかったんだろう……というよりもいったところで問題が解決することはないって思ったのかもしれない。

 いって助かることがあるなら最初からいってる。


 俺はまだ生きていてあの人は死を選んだ。

 たった一日で俺たちは別の道へと分岐していった。

 生ある者と生を手放した者へと。



 モザイクタイルの歩道から通行する人を妨げないように歩道ブロックのほうに寄ってスマホを見る。

 なんの変化もない。

 結局、放課後になっても九久津からの返答はなかった。

 まだ病院だからだろう。

 

 学校を出るころ四階に異変がなかったから俺は無事(?)に駅前の繁華街にいる。

 外に出るとやっぱり気晴らしになるな。

 校長もパフェを食べたいってことで昼休みのつづきの話はそこですることになった。

 昼よりはもメンタルがだいぶ回復していて安心した。

 魔障のことはよくわからないけどそういう症状だからこそ魔障なんだろうって理解も示してくれた。


 山田対策もばっちりしてきたただ巻いただけだけど。

 仮に四階で何かあれば亜空間を利用していくしかない。

 こんなときならそれも許されるだろう。

 俺たち能力者はアヤカシとの戦闘以外では極力亜空間を使わないようにしている。

 あの開放能力オープンアビリティはアヤカシを現実世界から隔離するために使うものだからだ。


 それもそうだ。

 亜空間を使う理由は市民への被害を減らすことと、市民の目からアヤカシとの戦闘を逸らすことにある。

 亜空間はあくまで貸与であって自分の能力じゃないし空間を歪めるのはなんとなく自然に反してる気もするし。



 駅はいつもたくさんの人がいて今日も平日じゃない感じだ。

 土日となれば人が多いのは当たり前だけど、駅前にはいつも祭りのようなにぎわいがある。

 

 今もヤキンが動いた話は話題にあがってるけどその内容の約三分の一は株式会社ヨリシロの仕掛けだという話のほうが多くなっていた。

 昨日はあまり騒がれていなかったのに一夜にして話の主役をさらっていった。

 株式会社ヨリシロのイベントにワンシーズンがからんでたいことが影響してるんだろう。

 なんとなく株式会社ヨリシロの株主総会ってのに関係がありそうな気もする。

 ここでヨリシロという会社に注目させるような……。


 大きな企業の仕掛けは市民に浸透するのが早いな、とあらためて思う。

 大企業の拡散能力はすごい。

 大きなものが世間を動かしている。

 まあ、これはふつうにあることか。

 でも世間では株式会社ヨリシロはホワイトな会社という認識がある。

 現実、待遇なんかもそうだろう。

 

 俺の親父が株式会社ヨリシロの関連会社で働ているってことは「六角第三高校さんこう」の仁科校長にきいてはじめて知ったことだ。

 それまでは俺の父親はふうつの会社で働いていると思っていた。

 でもふつう・・・だと思ってた会社はふつうじゃなくてこのご時世では考えられないほど恵まれた環境だった。


 それは「完全週休二日制」ってだけでもそうだ。

 俺が知っているだけでも父親は住宅手当と通勤手当ってのをもらってる。

 引っ越しのときに福利厚生がしっかりした会社だっていってたから他にもあるかもしれない。

 自分がどういう環境にいるかなんて比較対象があって初めてどの位置にいるのかがかわかる。

 うちの家族はずいぶんと生活しやすい環境にいた。

 それをが良いっていうんだろう。

 

 ツインテールの不思議っ娘状態の寄白さんがそこにいる。

 そう白い会社・・・・次女こどもだ。

 その娘は昨日と違ってドタキャンしなかった。

 いや、たいていの人はそうそうドタキャンなんてしない、たぶん俺が下僕だからだ、って好きで下僕になったわけじゃないけどなんだかんだでそうなった。


 俺と寄白さんは六角駅にくる前バス停をひとつずらしてバスに乗ってバスの中で合流した。

 これでまんがいち山田に見つかっても反論できるし待ち合わせしたんじゃなくてバスの中で偶然会った感も出せる。

 そうこれが山田対策基本法(?)そのいちだ。

 

 今のところあいつの影はない。

 ただヤリ手ストーカーかもしれないから油断は禁物だ。

 ストーカー界の大物フィクサーかもしれないし逆にストーカー界期待の大型ルーキーの可能性もある。


 よく考えれば山田はストーキング免許一級くらい持ってるっぽい雰囲気だった。

 だから気を引き締めなければ。

 俺と寄白さんは駅前のローターリーの対面の商業ビルの群れをすこし抜けたところの通称【駅前通り】にいる。

 ローターリーはいろんな車種の車が途切れることなく走っていく。


 おっ!? 

 あの車種は鈴木先生の新車と同じSUV。

 あれって基本の通常価格でも二百五十万くらいするんだよな~。

 それにオプションつけたうえであのグレードなら三百万円以上だな。

 よくそんな高い買い物ができるよな。

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